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第18話

自動販売機の横で、ヨルとヴィクターが何やら深刻な表情をしている。アルは2人の間に入り、彼らをじっと確認した。 視線はヴィクターの右手に集められており、その中には手のひらサイズの黒いもの。 「…それは?」 そう問いかけたものの、その物体がなになのか、アルにわからないわけではなかった。何かを認めたくないだけで。 「ヴィクターの方のソファーの隙間に入っていたそうだ。このサイズなら、おそらくいくつかわかりにくいところに仕掛けられているだろう。 …この先クライアントと話す際、少しでも漏れてはいけない情報が含まれればスマホで会話すること。 俺たちの間では暗号を用いてコンタクトを取る。いいな。」 やはり盗聴器かと、アルは盛大に顔をしかめた。ヴィクターもほおが引きつっており、考えていることは同じだろうとアルは思った。 デネボラには社内独自の暗号表記がある。これがまた非常に面倒くさいのだ。 何度も使ううちに確かに簡単に読めるようにはなるのだが、送りたい文章の4倍以上の文字を入力する必要がある。そして入力にはそこそこ頭を使う。 「はい… 」 「わかった… 」 とはいえこの状況で嫌だなどと言えるわけもなく、2人は渋々頷いたのだった。 「そんな顔するなって!仕方ないだろう! 何か質問はあるか?」 質問、と言われ、アルはそういえばと口を開く。 「あの、俺は、どこで寝ればいいんでしょうか?」 今まで、泊りがけの依頼では基本的に別に大部屋を取ってあり、組織員たちはそこで睡眠をとっていた。しかし今回はそれがどこかの説明がない。 「ああ、こういう案件だと同じ部屋に泊まることになるんだよ。アルは初めてだったかな?」 「…はい。」 快く教えてくれたヴィクターの言葉に、アルはせめて寝る部屋だけは交換してくれと叫びたかった。流石にまずい。 「そーんな嫌そうな顔するなって。今回の相手はβだし、懸念事項はないだろ?あ、寝るときは目もそのままで大丈夫だぞ。話はつけてある。」 …βどころか運命の番のαだ… とはいえない。 事件についての資料が入っていたからてっきりヨルは知っているものだと思ったが、知らなかったのか。仕方がないとアルは渋々頷く。 「お前意外と可愛いところあるんだな。」 「同感。」 2人が微笑ましげにそういうから、アルは気まずさで足早に部屋へと戻ったのだった。 一応ノックをしてから先程アランから渡されたスペアキーを使い、部屋の中に入る。 「何かあったのか?」 彼はそろそろアルが来ると(おそらく匂いで)わかっていたのか、腕を組んでドアの近くに立っていた。 もう嗅いでひどく発情することはないが、それでも甘やかな香りに心音のリズムが早くなっていく。 アルは一瞬、その美しすぎる姿に、何もかもを忘れただ釘付けにされてしまった。 つい考えてしまう。あの胸に抱きついて思いきり匂いを吸い込み、心地よい温もりを堪能して… いけない。仕事中だ。たとえ仕事中でなくてもこんなことを望んではいけないのに。 アルはスマホを取り出し、メモアプリに大まかな内容を打ち込んでからアランに手渡した。 ‘ジャックさんの部屋から盗聴器が見つかりました。小さく見つかりにくいタイプのものです。 この部屋も確認は行いましたが見つけられていない可能性もあるので今からの会話は日常会話以外声に出さないようにお願いします’ 彼は唇を噛み、憂うように目を伏せた。ひどく苦しげな表情をしている。 ‘…君を、こんな危険なことに巻き込みたくなかった。申し訳ない。’ 彼から返されたスマホには、そう打ち込まれていて。 ‘お互い様です。俺だってあなたに危険な目にあって欲しくない。’ それはこっちの台詞だと、アルは返した。苦笑いした彼を横目に、続けて文字を打つ。 ‘あなたが危険に晒されるなら、俺に護らせてください。あなたに助けられた命です。’ 2人の視線がピタリと重なった。そして、アランの唇が声無しに動く。 ありがとう、と。 アルは、自分が彼を護る立場に立てたことを誇らしく思っていた。だから、その五文字の言葉は今のアルにとって1番嬉しくて。 こちらこそ、と声には出さずに微笑み返す。 少しの間2人は、1ミリも動かずにじっと見つめ合っていた。

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