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第25話

検閲では金属探知機などを用いさまざまな場所を念入りに確認されたが、偽のデータ以外のものは見つかるわけはない。 アランたちはそのまま検閲を抜け、会場へと向かうことができた。 「検閲を突破した。渋滞しているが余裕で間に合いそうだ。そっちは?」 ヨルがトランシーバーに向かって落ち着いた声でそう告げた。 あとは会場前でアルと落ち合うだけ。 そう思ったが、少し間をおいて返ってきた声は、息が切れ、明らかに切迫していた。 ‘そこから1km先の赤い旗のところにデータを投げますっ…はぁっ… あとはっ…頼みましたっ…!!’ 「おい、何があった!?どうした 」 ただならぬ雰囲気に、至って冷静だったヨルの声がかたくなる。 ‘…っはぁっ…、俺はいいからっ…頼みますっ!!’ そこでぶつり、と通信は途絶えた。 「おい、ちょっと待て!ちゃんと状況を説明しろ!!」 ヨルがどんなに怒鳴っても、彼からの返答はない。 ゆっくりと進む車はやがて、おそらく彼が言っていた赤い旗のところにたどり着き、アランが車のドアを開けたときちょうど、どこからかUSBが飛んできた。 車から降り、それを即座に回収する。渋滞していたとはいえ、いきなり止まった車にクラクションが鳴らされた。 「回収しましたか?」 「…はい。」 ヨルの声は落ち着きを取り戻していたが、アランの心はそれどころではない。 人生を注いできた自分の研究発表などもうどうでもよく、今すぐにでもアルを探しに行きたかった。 静かな車内は張り詰めた空気が流れていて。 「ジャックさん、どうしても外せない用事ができました。これをよろしくお願いします。」 会場の駐車場に着いて車から降りた瞬間、アランは迷いなくジャックにデータの入ったUSBを渡した。 「しかしこれは君の… いや、行って来なさい。何か理由があるのだろう?」 「ありがとうございます。」 彼に何があったのかはわからない。ただ、自分にできることはなんでもしたかった。 アランはアルを探すためにアルが入った道に向かおうとした。 そのとき、 「すみませーん、最終チェックをしたいので、止まってもらえますかー?」 嘲笑うような声とともに、3人のガタイのいい男性がアランたちの前に立ちはだかった。方向的に彼らを突破しなければ会場には行けない。 3人の襟元には狩人のバッジ。|アルクトゥールス《熊の番人》のマークだ。 ヨルの軽い舌打ちは、そばにいるアランにだけ聞こえた。 「いいですが、随分と念入りですね。先ほど検閲で洗いざらい持ち物をチェックされたのですが。」 「ああ、お前達には国がうるさくてな。」 ゆっくりとヨルが会話をする間、ヴィクターが何やらスマホを操作するのが見えた。 胸ポケットの画面にそれとなく目をやると、メッセージが表示される。 ‘ヨルさんがチェックを受けている間に散りましょう。アランさんから先にそれてください。’ 「だから、何にもないですって!ちょっとあんまりポケットとか触らないでくださいよ。その上着、高かったんですよ!?下に置くのはよして。」 3人の男性が念入りにだるそうに話しかけるヨルの身体をチェックしていく。 こくり、ヴィクターが小さくうなずいた。それを合図にアランは思い切り会場とは逆の方向に駆け出した。 「ちょ、お前、待てっ!!」 1人がアランに気づき、少し手が緩んだ瞬間にヨルが彼の肩から腕にかけてを思い切り逆方向に曲げた。 鈍い音を立て、彼の腕があらぬ方向に曲がる。残りの2人はアランを止めようとアランの方へと駆け出した。 刹那ヴィクターがジャックの手を取り会場の方へと駆け出す。 会場までの距離はほとんどなく、さらにヨルに押さえ付けられている以外の2人の足はアランの方を向いていた。 それでもヴィクターはともかく、ジャックの方は追いつかれてしまいそうで。 「止まるな、後ろは俺が守る!」 わずかに後ろを振り向きかけたヴィクターに、ヨルの怒声が響く。気づけばもう2人の行く道も、ヨルがあの手この手で邪魔していた。 会場に2人が入っていくのを見届けて。 「それで、すみません、びっくりして慌ててしまったのですが、チェックを済ませていただけますか?」 もちろんヨルも無傷では済まなかった。左腕はだらりと下がり、右の足首が変な方向に曲がっている。 途中から呆然とその光景を見ていたアランは、ヨルのけがを確認しようと駆け寄るが… 「俺を治療することは罪だ。それにこの程度は慣れてる。 アルのところへ行ってください。」 きつい声に、止められた。確かに、アルクトゥールスの前でΩを治療するなど、あってはならないことだろう。でも… 「早くっ!」 さらにヨルにまくしたてられ、アランはアルの方へと向かった。 走りながら考える。自分たちを必死で守ろうとしたひとが傷ついて、どうして助けてはいけない? Ωは人じゃない?ヒートがあるだけで?そんな理不尽な規則を、どうして社会は認めたのだろう。 同じ人間なのに、助けてはいけないなんて、誰が決めたのだろう。 変わって欲しい。自分が考えた抑制剤で、弱い立場の人が意見を唱えられたらいい。 建物を縫うように必死で走った。 アルがそばにいればきっとにおいが教えてくれる。がむしゃらにUSBが飛んできた方向を探す。そして。 …ふわり。花のような香が鼻をくすぐった。右手にある廃墟から来ているようだ。 階段を上っていくと、その香りは一層強くなり… 「何をしてる?!」 目の前の光景に、アランは目を疑った。

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