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第8話

撮影が終わるとまっすぐ家に帰る。 田舎育ちの俺は周りの景色だったり人々だったりをなんとなく眺めながらゆっくり帰るのが好きなのだが、今日の俺は早足だ。 都心の高層マンションの綺麗なエントランスを素通り。1階だからエレベーターは使わない。歩きながらあらかじめ出しておいた鍵でガチャッと開錠すると、俺は思い切り声を上げた。 「正弘さん!CM決まったよ!!」 ふわりと香る美味しそうな匂いに、俺の腹の虫は早速ご馳走を要求した。この匂いはカレーだ。いつもは体型維持のために我慢するが、今日だけはおかわりしよう。正弘さんのカレーは美味しいんだ。 廊下を進んで行ってリビングに入ると、美味しそうなカレーの匂いが一層強くなる。その出所であるキッチンには、黒いロングTシャツにジャージというこの上なくラフな格好の正弘さんだ。 正弘さんは首だけでちょっと振り返ると、ニッと笑った。 「おー、おめでとう。やったな。」 俺はブワァッと心の中で色とりどりの花が舞って、嬉しさのままにその背中を思い切り抱きしめた。 「ね、ね、ご褒美!ご褒美ちょうだい?」 「あー?ふざけんなご褒美渡すなら仕事取ってきたマネージャーにだろ。」 「もー!じゃあお祝い!激励!」 「減らず口め…」 正弘さんはため息混じりに火を止めると、少し首をひねってちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。 ほんの少しカレーの味。きっと味見したんだろう。今日のカレーも美味しい。でもきっと、甘いのはきっと正弘さんの唇の味だ。 「へへっ!」 「ほら、シャワー浴びてこい。」 「はーい!」 軽快な足取りで洗面所に向かう途中、リビングの中央のテレビ台には、菜の花畑で笑い合う母子(おやこ)の写真と並んで俺の写真集が飾られている。表紙はなんと、初めて正弘さんと繋がったあの日この部屋の庭で撮られた写真だ。夜の菜の花畑という神秘的な背景でシンプルな白シャツを羽織り月明かりという化粧を施した俺は、自分で言うのもなんだがまるで俺じゃないみたいに綺麗だった。 先日発売された正弘さんが撮ってくれた俺の初めての写真集は、男性モデルとしては異例の10万部を売り上げ世間を賑わせた。その恩恵は凄まじく、随分先までスケジュールが埋まっている。 それもこれも全部正弘さんのお陰で、そして今も(おご)ることなく撮影に励むことができるのも、毎日叱咤激励してくれる正弘さんのお陰だ。 俺は抑えきれない顔のニヤつきを隠すことなく洗面所を出て、カレーをよそっている正弘さんの背中をもう一度強く抱きしめた。

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