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【浴衣着てリンゴあめ、はんぶんこしよう】 加々見凍花

待ちに待った夏祭りのビラが貼りだしてあるのを見て、思わず笑みがこぼれた。 (夏祭りの日、テスト終わった後でよかった) というのも、着付け教室の息子であり、林悠夏(はやしゆうか)の恋人でもある金城弘樹(かなしろひろき)に、去年、一緒に選んで買ってもらった浴衣を早く着たくて仕方ないからだ。  弘樹と悠夏は、同じ大学の大学生の3年生と2年生で、同じ地域に住んでいる。時間さえあれば、デートもできる距離だ。 気付いたら連絡を取ろうと彼の名前に指が伸びていることも多々あって、はっとした後苦笑した。弘樹と付き合ってから、こんなにも嫉妬深くて欲張りだと知った。 今はテスト週間中なので、会うのは、電車内と図書館で勉強を教えてもらう時だけだ。共働きの弘樹の家に行くと、抱き合ってしまうので、人目のあるところで、勉強を教えてもらったり、レポートの誤字脱字チェックをしてもらったりしている。 実質、禁欲期間中だからか、彼のことを思い出すだけで身体が熱くなり、あらぬところが疼く。 (早く会いたいな)  早く弘樹に会いたくて、写真を添付したラインを送ると、『その日は昼からおいで。着つけてあげるよ。テスト頑張ろう!』と返答が来た。  何度も何度も読み返し、指折り数えて祭りの日を待った。      § 「服を脱いで、パンツ一枚になって」  悠夏(ゆうか)より、一足早く紺色の浴衣を着ている弘樹の着物姿を何度も見ているが、端正な顔と相俟って見慣れない。いつまで経っても慣れないだろうし、普段よりドキドキしている自分がいる。  何度も来ているおかげで、自分の部屋のような彼の自室に足を踏み入れると、彼からもらった浴衣を置いた。  本当はテストが終わったらすぐ会いたかったが、バイトだったり、インターンシップ関係の説明会があったりして、結局8月の第一土曜日――夏祭りの日――になってしまったのだ。なんだか、エッチの誘い文句に聞こえる。 「ねえ、しないの?」 「軽く着つけたらな。せっかく浴衣があるのに、洋服じゃ夏祭り感がないだろ?」 「そうだね」  おとなしく服を脱ぐ。今日は、夏祭りの日なのだ。  プレゼントの青みがかった――見る角度を変えれば青緑がかったグレー――の浴衣を手慣れた手つきであっという間に着つけてしまった。さすが、着付けの先生の息子だ。 「苦しくない? 今は慣れてもらうだけだから、緩めにしておくね」 「わあ……すごい。これ、本当におれ?」 「ああ、想像以上に色っぽくて、ヤバいな」  姿見に映った自分は、なんだか別人に見える。頼りなさげで、女の子に間違われるときもある顔も、色っぽく中性的に見える。華奢(きゃしゃ)な身体付きも、貧弱には見えない。服一つでこんなにも変わるんだ、と上目遣いで弘樹を見て、破顔する。 「あっ悠夏、日焼けしてる」 「えっ、どこ?」  きょろきょろと手や脚を見る。 「うそ」  背後から抱きしめられ、耳元でささやかれる。弘樹の欲情した顔も、自分の期待と興奮が入り交じった見知らぬ自分も上気した頬も全部、鏡に映っている。 「とってもよく似合うね。二人で選んだ甲斐があったね」 「弘樹の見立てもすごくよかったし、おれが着たいと思う浴衣があったから、本当によかったよ。毎年着たいな」 「毎年着てよ」 「あきない?」 「もちろん。増やしていくのもいいね。……そうだ、男が恋人に服を送る理由ってなんだと思う?」  首を横に振った。口角を上げ、いつもより低い声で「脱がせたいからだよ」と言われ、肌が粟立つ。母親の呉服店で着物を選んでいた時、涼しい顔裏腹色っぽいことを考えていたのか。 「最低。スケベ」 「それは否定しない」  しらっと開き直る潔さに、頭が痛くなる。 「手伝いをしているときに、悠夏に似合いそうな着物を目で探しているときもあるんだ。ただの自己満足だけどね」 「それは嬉しいけど、ちゃんと仕事してね」 「ちゃんとしているよ」  襟で見えるか見えないかギリギリのところに何度も吸い付かれた。生暖かくぬるりとした感覚に、身体がすくみ上がった後、悪寒のような震えと共にゆるやかに弛緩する。 「先輩、見えちゃうよ」  甘く発情した声で訴えかける。 「大丈夫、隠れるし、見えるのは嫌?」 「嫌じゃないけど……」  恥ずかしい、と小声で言った。弘樹を煽っているとはつゆ知らずに。 「恥ずかしがってる悠夏が可愛い。見えないところにいっぱいつけたいな」 「だめっ、お風呂入れなくなっちゃう」  弘樹の家は共働きなので、学生カップルの逢瀬場所には最適だ。 「ごめんね、しないよ」  そう言いながら帯を緩め、裾を割る。口づけされ、徐々に深くなっていくそれに、拙いながらも応える。くずおれそうな身体を支えようと肩に腕を回し、寸分の隙間なく引っ付きたいと腕の力を強め、訴える。すぐさま、腰に腕を回され、もう片方の手で後頭部を押さえつけ、悠夏が逃げられないようにする。 「あっ……んっ、っ……ん」  脚の間に脚を入れられ、膝頭を動かしてくる。ゆるゆると刺激される動きに、兆し始めた自身がぴくぴくと反応する。腰を支えている指が尻を揉んだ後、奥まった後孔の表面を布越しに撫でられると、立っていられず、襟首をつかんだ。  しなやかな身体にもたれかかると、普段よりも早い鼓動が聞こえてきて、彼も興奮しているのだとわかる。 「していい?」  息が触れ合うほど近い距離で、訊かれた。2週間ぶりの彼の体温、間近に感じる鼓動。瞳の中に映る自分を見ると、魔法にかかったみたいに頷いてしまう。 「こっちおいで」  手を引っ張られ、ベッドに寝かされた。  初恋も初めての情交も、初とつくものはすべて、彼と経験したものだ。だから、彼以外知らない。 「腰上げて、そうそう。えらいね」  帯をほどき、簡単にたたんだ後、相は再度触れてくる。浴衣をはだけさせ、手と舌で持って愛撫してくる。 「ホント肌が白くて、跡がつけたくなる。あと、ここ舐めたいな」  指先で尖った乳首を弾く。 「あっ、ここも舐めて……」  恥ずかしいけれども、要望を口にすれば叶えてくれることを知っている。 「いい子だね。いっぱい舐めてあげる」  舌先と指先を交互に使い、両乳首を愛撫する。じゅっと音がする程吸われた後、優しく舐られ、もう片方は指先で弾いたりつまんだりしている。空いた指先はジェルをまとい、後孔の表面を撫でている。意地悪で、丁寧な手管に溺れていく。 「エッチだね」 「やっ、違う」 「違う? 腰を揺らして。俺の指、欲しいんじゃないの?」  顔が真っ赤になった。胸の刺激だけで自身がきざし始め、布と自身が擦れる快楽がもっともっと欲しくて、止めたいのに止められない。弘樹もそれがわかっていながら、重ねた腰を同じスピードで動かしてくる。 「あっ、……っあああっ、イくっ、イきそっ」   (意地悪)  涙目でにらんでも、いつくしむように笑いながら、何度も唇を唇に重ねてくる。 「ホント、可愛い。エッチな悠夏をもっと可愛がりたい。だめ?」  悠夏の浴衣を脱がせ、いつもより性急に、ジェルをまとった指先が後孔に入った。 「うわっ、やっぱ狭いな」  2週間ぶりだからな、と弘樹は呟きながら、狭まったそこを丹念にほぐしていく。テスト後でも、悠夏の気持ちいいところは忘れていなかったらしい。あっけなく欲望が爆ぜ、肌を濡らす。 「なんか、無茶しそうで怖い」 「えっ……。あっ、あああっ、やぁっ」 (とまって)  悠夏が感じる部分を的確に擦る指先を奥まで誘い込もうとする内壁の動きに抗う、彼の指先が愛おしい。が、許容量いっぱいの刺激に、喘ぐことしかできない。 「もうっ」 「まだだからな」  眉根を寄せ、我慢しているような低い声でささやかれるだけで、どうしようもなく欲しい気持ちが湧きあがってくる。  浴衣からわかるほど張りつめたそれを入れたくて仕方がないのに、身体の感じる部分を同時に刺激されて、喘ぎ声が漏れる。弘樹がどれほど気遣ってくれているかわかっているからこそ、 「もっ、いいから、ちょうだい」  浴衣の上から彼自身を握り、上下に擦る。 「ゆうか、入れるよ」  こらえている表情から一転、獰猛な肉食獣のような鋭い視線になり、何かつぶやいた。途端、強引に帯をほどいた後下着を脱ぎ、金属のパッケージを開け着けた後、悠夏の中に入ってきた。熱くて、圧迫感で苦しいのに、泣いてしまうほど気持ちがいい。目尻からこぼれる涙を指先で拭われながら、律動を刻まれる。 「やっと、悠夏の中に入れた。……っぁッ気持ちいいな」 「好き、弘樹先輩」 「俺もだ。悠夏」 「ん、あああっ、先輩もっと……」 「もっとやるよ、悠夏」  頭を撫で、悠夏の様子をうかがいながらも、容赦なく突き上げてきた。内壁が昂りを最奥に引き込もうと淫らにうごめき、それに抗うように動かしながら、ゆっくりと引き抜き前立腺を刺激した後、一気に最奥のひだまで突き入れる。 「…………っ、あ――――、ああああっ」  あまりの快楽に、目の前が明滅を繰り返し、身体が小刻みにけいれんする。逃げを打つ身体を押さえつけられ、遠慮ない律動が続く。 「あああっ、あ゛ッ――――、う゛、…………ッ、…………ッ。こわ、れる。弘樹…弘樹…こわれるっ、やあっ! ああっ!」 「壊れないよ。もっと、感じて」  強く、弱く。激しく、ゆっくりと動かされるともう、ダメだ。息ができないくらい激しく、壊れてしまうと危機感を覚えるほどの快楽の波に飲み込まれてしまう。 「出していい?」  耳元で何かささやかれたが、わからずうなずいた。 「…………ッくっ……」 「…………っ、ア゛ッ」  一等深い場所で弘樹が被膜の中で爆ぜた感触がしたと同時に、また激しい絶頂を迎えた。ずるりと抜けた感触に、また軽く達したが、息を整えるだけで精いっぱいだ。 「もう一回していい?」 「やさしく、して。お願い、ゆっくり」 「わかった。今度はゆっくりするよ。顔を見てする? それとも、後ろから?」 「前から」    ジェルをまとった指先が内部を潤した後、被膜をまとった昂りが難なく入ってくる。 「悠夏の中、すっごい気持ちいい」  かすれた声が、肌に触れる指先がほめて労わってくれる。潤んだ瞳で彼を見ながら、唇を舐めると、音を立ててキスしてくれた。ぎゅっと内部が引き絞る。 「苦しい?」 「全然。もうちょっとこうしてていい?」 「うん」  こくりとうなずくと、汗で張り付いた髪を指先で梳かれ、キスされた。      § 「悠夏、ごめんな」 「おれも悪かったから」  神妙な顔で謝ってきた。首を横に振り、「おれもしたかったから」と真っ赤な顔で呟くとなぜか、「それ以上言わないでくれ」と言われ、押し黙った。  悠夏も弘樹も欲しい気持ちが収まらず、夕方まで求め合ったせいで、さっきまで足腰が立たない状態だったのだ。弘樹に支えられて、再度浴衣を着つけて、会場付近まで車で向かったが、足元がふらついている。 「うん」 「手、握っていいか?」 「嬉しい」  おずおずと差し出してきた弘樹の手を握り返す。 「俺の傍から、はぐれるなよ」  心配そうに悠夏を見つめた後、小さめのバッグを手首にかけている左手で頭を撫でる。 「ずっと手を握っておくから、大丈夫! 行こうよ」  悠夏が転びそうになると、つないだ手を引っ張ってくれる。彼は視線など気にすることなく悠夏の様子と周囲を見ている。  いくら弘樹がモテるとはいえ、女性が振り返るともしかして、弘樹のことが気になったかもしれないと考えてしまい、手をぎゅっと握る。 「歩くの早かった?」 「ううん」  彼が心配そうに見つめるのを小気味いいと思いながら、出店が並んでいる大通りと細道を歩く。  日が落ちたとはいえ、街灯や臨時の照明と屋台のテントや正面から漏れる柔らかな光のおかげで、足元がよく見える。  通りすがりの人やカップルが振り返ろうが、知ったことではない。お祭りの日だから、「普通」のカップルのように歩きたいのだ。 「弘樹先輩と来れて、すごく嬉しい」  つないだ手に力を込めた。  結んだ帯と危うげな歩き方が、まるでピンポンパールのようだ。 「あっ、チュロス……リンゴあめもあるよ」 「悠夏が好きなものを買ってあげる」  リンゴあめ屋を数件のぞいた後、ある出店のリンゴあめに決めた。リンゴあめの耳(天使の輪っかみたいな部分)が大きく、ビニール袋を縛る輪ゴムを隠すようにちょうちょ結びのリボンがついている。 「リンゴあめ1つください」 「400円ね」    すかさず弘樹が店主の手に小銭を渡し、リンゴあめを一つ取った。 「信号を渡って右折した先に、小さな公園があるからそこで食べよう」 「詳しいね、弘樹先輩」 「まあね。ここら辺に住んでいた頃もあるからね」  遊具も何もない住宅地の片隅の空き地のような公園の、街灯が少ない場所に設置してあるベンチが汚れていないか確認した後座った。 「写真撮ろうよ」  リンゴあめの写真に、弘樹の写真を取った後、ビニール袋を外す。  赤くテカテカしているリンゴあめをかじると、あめのパリッとした食感とリンゴのしっとりとした甘い味が広がる。パサパサしていないしっとりとしたリンゴの食感がまたたまらない。あめの甘さとリンゴの甘さが口の中で混ざり合い溶ける。 「おいしい」  弘樹の口元にリンゴあめを近づける。ぱりぱり、しゃこっといい音がする。 「パサパサしてなくておいしいね」 「そうだね。甘くておいしい。特に、リンゴの火の通し加減が絶妙だ」  リンゴあめを持ったまま、いたずらっ子のような笑みを浮かべ弘樹の唇を奪った。どこからか漏れてくる光が、ルージュを塗ったような赤くテカテカとした唇を強調させる。 「うん。甘くておいしい」 「悠夏」 「?」  あめのせいでつやつやした唇に指先でなぞられた後、唇で唇をはまれ、また唇を見つめられる。浴衣を着た女の子が持ち歩いているタピオカミルクティーよりもずっと、甘いキスだ。 「食べちゃいたい。……さっきのリンゴあめよりも、色っぽいね」 (食べるって何を?)  考えている最中、唇をふさがれ、甘く濃いりんごあめの匂いがする。ぼうっとするほどされ、快楽の熾火に火がつきそうになる。 「り、リンゴあめ?」  慌ててリンゴあめを差し出すと、 「俺が食べたいのは悠夏のほう」と、耳元でささやかれた。 「……。先輩、食欲旺盛ですよ」 「そりゃあ、悠夏がいるから、いくらでも欲しくなる」 「なんで、先輩には限界効用逓減(げんかいこうようていげん)の法則が効かないんですか?」    簡単に言うと、食べ物は一口目が一番おいしくて、それ以降は段々とおいしさが減っていくという法則だ。 「そりゃあ、好きだからな。好きなものは別腹だろ?」 (欲張りで食いしん坊なのに、憎めないんだよな) 「おとなしく、リンゴあめ食べておいてください」 「冷たいなあ」    口の中にリンゴあめを突っ込んで、言葉を封じる。食べ終わった頃を見計らって、 「じゃあ、明日ならいいです」 「今日よりもうんと優しくして、とろとろになるまで可愛がってあげる」  昂り始めた身体を必要以上に意識しないよう、リンゴあめにかじりついた。弘樹があんなことを言うから……。  交互にリンゴあめを食べさせ合いながら、食べている様子を撮影したり、通りすがりの人に協力してもらいツーショット写真を撮ったりした。      「先輩と来れてよかったです」 「「来年」」  思わず重なった言葉に笑みをこぼした。 「来年も来ような」 「うん」

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