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【騙されたら釣れちゃいました】ゆきじ
僕は生まれてこの方、お金に縁がない。
8人兄弟の長男として生まれた僕は、常に貧乏と隣り合わせの生活をしていた。
父親は中学三年の時に蒸発、母さんのパートのみでは生活できず、急遽進路を定時制高校に変え、通いながら働いた。
4年でなんとか卒業したのち、小さな町工場へ就職した。
地道に働き始めて3年が過ぎた。相変わらず貧乏な暮らしは楽にならないも、1番下の弟が小学校に入り、ほっとしたのはある。
少しだけ心の余裕が生まれた。そろそろ携帯電話というものを買ってみようかと、かなり久しぶりに都会へ買い物に出かけた時だった。
「ねえ、君。良かったらモデルにならない?」
休日の午前中、都会のど真ん中で、いきなり声をかけられた。
都会というものには、知らない人へ話し掛ける強靭な心臓の持ち主がいるらしい。僕は驚いて振り返る。
「モ、モデル…………?」
「そう。君みたいな可愛い子は沢山お金が稼げるよ」
チャラチャラのお兄さんは『お金』の単語を口にする。金髪がキラキラと眩しくて、思わず目を瞑った。
「ちょっと服脱いで、写真を撮らせてくれれば、2時間ぐらいで数万円稼げる」
「2時間が数万円……」
休み無しで働いて僕の手元に来るお金が月に15万円。月の小遣いは無い。全部母さんに渡しても生活は苦しい。それが2時間でお金が稼げてしまうのだ。
本当に僕の写真を撮るだけでいいのだろうか。後で高額請求されるとかないのだろうか。
「僕の写真を撮るだけですか?」
「うん。時間あるなら今からスタジオ空いてるか確認するよ。どう、やってみる?」
「やってみたいです…………」
お金に目が眩んだとしか言い様がなかった。冷静に考えれば、お金は時間を掛けて稼ぐもので、短時間で大金になる訳が無いのだ。
お兄さんはどこかへ電話をかけ始めた。間もなく僕はスタジオを連れていかれることになった。
僕は完全に浮かれていた。これで弟達にお土産を買えると、兄ちゃん面で考えていた。
𓇼𓆡𓆉
路地を暫く歩いて、小さなアパートの一室へ案内された。小さなアパートの一室とは言っても、僕の暮らしている団地よりは綺麗で広い。
そこでシャワーを浴びて、指定されたバスローブを羽織る。女の子が着るような薄ピンクのバスローブは、柔軟剤の香りがした。
「シャワーお疲れさま。それではこの椅子に座ろうか」
風呂場から部屋へ入ると、さっきまでいたチャラいお兄さんは居なくなっていて、別の男の人が椅子に座っていた。
カメラマンだろうか。右手にはビデオカメラを携え、にっこり笑っている。とても好感の持てる落ち着いた雰囲気の人だ。僕よりかなり年上に見える。
僕は促された椅子へ座った。この部屋には、対面で座るシンプルな椅子が2脚のみだ。ハレーションを起こしそうなくらい、壁もカーテンも真っ白である。
カメラマンさんは自らを工藤と名乗った。これから簡単な質問をするから答えてねと、ビデオを構える。
写真ではないのかと疑問に思ったが、間もなく工藤さんの質問が始まった。
「では、自己紹介をお願いします」
「…………前田翔哉、19歳です」
「翔哉っていうんだ。翔哉は、何やってるのかな?学生?」
「働いています」
「大学にも行かずに偉いね。勉強は嫌いなの?」
「好きだけど、兄弟が多いので、家のために働いています」
「へぇ……何人兄弟?」
「僕を入れて8人です」
『ほぅ……』と工藤さんは驚きの表情を見せた。
「では妹と弟達のために、この仕事を受けたんだ」
「はい。夏休みに何か特別なことをしてあげたくて。弟達を回転寿司に連れていきたいんです。うちは貧乏なんで、滅多なことが無い限り、外食ができないから」
「それはお兄ちゃんに頑張ってもらわないとだね」
工藤さんは、カメラの横から顔出す。鼻スジが通った男前の顔に少しドキリとした。
「それでは、バスローブ脱いでみようか」
「ぬっ脱ぐ……は、はい……写真じゃないんですね」
「……写真……動画って聞いてない?」
僕はふるふると首を振った。お小遣い稼ぎが、なんとなく重大なことを始めてしまったような予感がしてしまう。
小耳に挟んだことのある造語が頭に浮かんだ。中身は見たことがない。幼い兄弟がひしめきあう自宅で広げるなんて以ての外だからだ。
「あのね。これから何をするか分かる?」
「僕、男です…………」
僕は震える声で返事をした。
具体的に何をされるか知らないけれど、雰囲気で読み取れる。
「知らないと思うけど、世の中には君みたいな男の子の裸を見たいっていう輩がわんさかいるんだ。そこは心配しなくていい。さあ、脱いで」
カメラにいくつもの目が付いていて、僕の中身までも見られている気がした。
何を言っても脱ぐしかない圧に目眩がした。
𓇼𓆡𓆉
指示通り、バスローブを半分脱いで下着1枚になる。下着は普通のボクサーパンツだ。
まだ大丈夫。平気だと思う。
「翔哉はセックスしたことある?」
「……………………ない、です」
そんな暇は今まで無かった。同級生が恋や性に色めき立っていた頃、僕は必死で働いていたのだから。
いかがわしい動画だからしょうがないのだろうが、もう帰りたくなってきた。楽して短時間に大金を稼げる訳がないことを、身をもって知っているのに全く学習していない。
工藤さんはカメラを3脚に固定し、僕へ近づいてきた。不自然に身構えてしまう。
「童貞処女なんだね。肌の色も真っ白。すべすべ。女の子みたい」
「…………ぁっ……」
「乳首も感じてる」
工藤さんの指の腹が胸を行き来する。気持ち良くない。じんじんするだけだ。
暫く胸を弄られた後、工藤さんは下半身を撫で始めた。瞬く間に全身へ鳥肌が立つ。
自分以外誰にも触られたことのない場所は、明らかに縮こまり、全身で拒否していた。
「……いや、です。やめ、て……」
「ここまで来て止めちゃうの?お金貰えないよ。皆でお寿司食べに行くんじゃなかったの?」
「…………でも……ごめんなさい」
「弟や妹が喜ぶ顔見たくない?」
「……………………」
兄弟を出されると何も抵抗できない。
黙っていることが了解の合図だと言わんばかりに、工藤さんは下着を脱がそうとする。それを阻止しようとする僕と、暫く攻防戦が続いた。
「……ったく……恥ずかしがり屋にも程がある」
と、痺れを切らしたのか、いきなり僕を乱暴に抱きかかえたのだ。
「え、や、離して、やだっ……」
広い部屋を抜け、小さな納戸みたいなスペースに降ろされた。
途中でバスローブを落としてしまう。パンツ一丁で放り出された身体がエアコンでひんやりと冷えていく。
今度こそ、正真正銘酷いことをされる。
目をつぶり静かに運命を受け入れようと努力をした。 殴られたり、痛いことも我慢しなくてはならない。
癇癪を起こした子供が隅っこに連れていかれて折檻を受けるみたいだ。
ところが、工藤さんは魔法のように優しい言葉を口にしたのだ。
「帰りなさい。もうじき応援要員がやってくるから、今のうちに。君はもっと酷いことを3人からやられる予定だけど、耐えられる自信があるなら残ればいいよ。昨日の子は痣だらけで泣いていた」
「…………ぇっ」
「早く着替えて、見つからないように裏口から出ていきなさい。裏口は風呂場の隣にある」
その時、チャイムが鳴った。
工藤さんは、そちら方面へ返事を投げる。目が早く行けと語りかけていた。
「元気でな。もうこんなんには付いてっちゃダメだぞ」
大きな手がくしゃくしゃと頭を撫でる。何が何だか理解不能で、頭が上手く働かない。
「あ、あの……」
「行きなさい、早く」
俺は急いで着替えを済まし、足早にビルを後にした。
𓇼𓆡𓆉
「翔哉、ぼーっとすんな。指が無くなる」
プレス機を扱っている時に、社長の怒号が飛ぶ。僕は驚いて機械を止めた。
もうちょっとで、腕がぺしゃんこになりそうだった。心臓がヒヤリと縮む。
「す、すみません……」
「どうしたんだ。ここのところ上の空が多いぞ。何かあったのか?」
「…………いえ、何にもないです」
「暑いから疲れてんだろ。ちょっと休憩してこい」
休憩室にスイカがあるから食べろと社長に促され、クーラーの効く室内へ入る。
社長の奥さんはよく気がつく方で、清潔な室内には三角に切られたスイカが並んでいた。塩も置いてある。
車の部品を作る小さな町工場は、盛況まではいかなくても、なかなか忙しい。お陰様で、ここの社長には本当によくしていただいている。
真っ赤なスイカに塩を振った。パラパラと塩の雪が舞う様をぼんやりと眺める。塩の雪は瞬く間に赤へ消えた。
あれから、工藤さんが忘れられない。半月経った今でも、工藤さんの声が脳裏にこびりついて離れない。
危ない目に遭いそうになったことは反省している。でも、工藤さんを恨むことはできなかった。
どうして僕を助けてくれたのだろうか。
工藤さんは、僕のせいで上の人に怒られたりしなかっただろうか。
会って一言、お礼と謝罪を伝えたい。そして、もう一度姿を見たいと思った。
(工藤さんに会いたいな……)
スイカを口に入れる。口の中で、甘さと塩っぱさが交ざり、喉越し爽やかに溶けていった。
𓇼𓆡𓆉
「兄ちゃーん、早く、早く!!」
仕事終わり。小学生組の弟達と高校生の妹がが俺を迎えに来た。お目当ては地元の祭りである。毎年の恒例行事は、弟達の楽しみであった。
今年も代わり映えはしない。かき氷、わたあめ、たこ焼き、的屋等を周り、彼等が満足するまで巡る。
商店街に並んだ屋台に明かりが灯り始めた。時刻は夕方から夜となり、一気に雰囲気が変わる。
蒸し暑い空気と、祭りで浮き足立つ人達の雰囲気に、いつまでも居たい思ってしまう。だが、幼い弟達を連れ回すには治安がよろしくない。頃合いを見て帰ることにした。
そんな時、人がごった返す駅前で工藤さんらしき人影を見付けたのだ。
忘れられない人の面影は、何度も何度も記憶のなかで範疇されている。あれは工藤さんに間違いない。
(…………工藤さん…………?)
目線が必死に工藤さんらしき人物を追う。繋いでいた末っ子の手を引きながら、彼へ近付くために走った。
「…………く、工藤さん、ですよね?」
彼には連れがいた。浴衣を着た綺麗な男の子だ。そこに飛び込んでしまったものだから、場がフリーズしたことは言うまでもない。
でも、もう止められなかった。工藤さんに会いたい気持ちが勝手に暴走したのだ。
「この間の……翔哉君……びっくりした」
工藤さんは艶やかな浴衣姿だった。
「ちょっと、壮馬さん、この人誰?」
綺麗な男の子は口を尖らせて、工藤さんのことを『壮馬さん』と呼ぶ。冴えないTシャツにハーフパンツの自分は場違いなのではないかと、急に冷静になる。
「あ、あの……すみません。先日はありがとうございました。それだけ言いたかったんです……」
隣には何も知らない末っ子と、追いついてきた兄弟もいる。所詮、住む世界が違うのだ。ほんの迷いで僕が間違いを犯しそうになったばかりに、大馬鹿者だ。
「…………翔哉君、これから暇?もう家に帰るのかな。よかったらご飯でもどう?」
「ちょっと待って。悠太さんは、今から俺とデートする予定でしょ」
「3人で行こうよ。気に食わないなら秋が帰ればいい」
「もう…………何だよ、それ……」
怒っても綺麗な男の子である。まあ、俺には幼い兄弟がいるので、帰る選択肢しか残っていない。
「すみま……」
「お兄ちゃん、行ってきてもいいよ。帰るだけだから、私でも大丈夫。いつも自分のことは後まわしじゃん。楽しんできて」
高二の妹が、思いがけない提案をしたのだ。
「え、でも……帰るよ」
「いつも家族のことばかりなんだろう。偶には甘えてもいいじゃないか。妹さん、ちょっとお兄さんをお借りしますね」
「いいえ。不束者ですが、よろしくお願いします。夜遅くても……なんなら朝になっても大丈夫です」
「かしこまりました。さ、行こう」
あれよあれよという間に、第三者間で取引が成立する。
工藤さんは僕の肩に手を置いて歩き始めた。僕は再び、祭りの喧騒に足を踏み入れた。
𓇼𓆡𓆉
始終膨れっ面の秋さんを気にもせず、工藤さんの顔馴染みという呉服屋さんへ寄った。夏祭りたるもの格好から入らなければ、という彼の粋な計らいだ。
工藤さんは、いかがわしい動画監督かと思いきや、何かの社長さんをしているようだった。
「ねえ、君は壮馬さんの何なの?」
工藤さんが女将さんと話をしている隙を狙って、秋さんが探りを入れてきた。
さっきから僕に対しては無視に等しい。気持ち悪いくらい工藤さんへ擦り寄っていたので、容易に想像がついた。秋さんは、いきなり参加した僕が邪魔なのだ。
「た、ただの知り合いです」
「本当に……?壮馬さんが人を誘うって珍しいんだよ。まあいいや、絶対に手を出さないでね。壮馬さんは俺が狙ってるんだから」
「はぁ……」
「はぁ、じゃないの。分かりましたって言うもんでしょ。返事も出来ないの?」
「……………………」
その気が無くてもあっても、根こそぎやる気を失うような釘の刺し方である。
秋さんは、まだ何かを言いたそうだったが、着信した携帯に対応するため、慌てて外へ出て行った。
僕の着付けは、呉服屋さんの女将さんがやってくれた。気持ちの良い生地は、とても肌に馴染む。勿論、浴衣を着るのは生まれて初めてである。
「出来ましたよ。とてもよくお似合いです」
「ほぉ……馬子にも衣装とはよく言ったもんだ。見違えるよ。女将さん、ありがとう」
「あの、秋さんは……?」
刺すように鋭く睨んでいた視線の主がいない。忽然と姿を消してしまった。
「秋は帰った。本命から呼び出されたんだ。さて、翔哉くんは今から俺とデートだよ。まずは腹ごしらえをしようか」
秋さんの事情は存じないが、本命が別にいるのなら、それはそれで良かったと思った。
𓇼𓆡𓆉
工藤さんと夜店を巡った後、小さな公園へ入った。歩き慣れない下駄で鼻緒のところの皮が剥けてしまい、歩くことが困難になったのだ。
予め呉服屋の女将さんが持たせてくれたバンドエイドを、工藤さんが貼ってくれる。
「初めての子はみんなこうなるんだって。女将さんの言う通りだった。痛くないか?」
「はい……大丈夫です。すみません。折角浴衣を着せてもらったのに……」
「いいよ。よく似合ってるから、見てるだけでも飽きない」
工藤さんを跪かせてしまうのも申し訳ない。
それに工藤さんに聞いてみたいことがある。先日の謝罪もまだしていない。
「あ、あの……この間、僕が帰ってしまって、上の人に怒られたりしませんでしたか?」
「…………君は面白いことを言うね」
声を出して可笑しそうに工藤さんが笑うので、僕は拍子抜けした。
「普通は、どうして騙したんですか、詐欺ですよねって、鬼の形相で怒ってくるのに、君は俺の心配をしてくれるのか。あの時は、たまたま知人が急病で助っ人をしていたんだ。本業ではないから怒られてない。第一、ちゃんと説明もせず、嘘をついて、いかがわしい動画を撮影するなんて犯罪だろうに。まだあんなことをやってるのかと、俺から意見したくらいだ」
「あの時は、ありがとうございました。ちゃんと考えもせず安易な行動だったと反省してます」
とりあえず、お礼は言えた。手に持ったラムネを飲み干して一息つく。
「でも、1つ後悔していることはある」
「えぇっ、何ですか?やっぱり僕のせいで不具合が……?」
「こんなに素直で、家族思いで、世間慣れしていない翔哉君を、仕事でいいから無理矢理抱いておけば良かったなとは思った」
「……………………え、ええと……そ、そんな……ことないです」
反応に困ることを、工藤さんは平気で口にする。
「君みたいな真っ直ぐな子を、ここ最近見かけたことがない。自分のことは二の次で、家族のことが先だ。おじさんはね、そんな優しい子を甘やかせてあげたくなるんだ」
公園のベンチで、そっと肩を抱かれた。まるで心臓が切り取られたみたいに、ドクドクと音を立てている。
「工藤さん……」
「ほら、無防備にこっちを向く。そういうところも可愛いんだよ」
とても自然に工藤さんの唇が僕に重なる。
キスは、とても柔らかいものだと知った。
𓇼𓆡𓆉
生まれて初めて、キスというものは気持ちがいいことを知る。
唇と唇が触れ合う感触に、恥ずかしくも夢中になってしまった。はしたなく求める僕へ、工藤さんは惜しげも無く与えてくれる。
出会いが普通でなかったからか、工藤さんとのキスはごく自然の流れだった。同性というものは気にならない。優しくて男前な歳上の男性にただただ惹かれていた。
僕が今まで欲しかった安らぎと憧れ、全てを持っている。
「はい、おしまい」
離された唇に、もっと欲しいと思ってしまう。
工藤さんの指が頬を離れないのは、何かを意味していると理解していいのかな。
「…………」
「そんな顔しないの。止まらなくなるでしょ」
「工藤さん、あの……朝まで僕と居て貰えませんか」
工藤さんともっと濃い時間を過ごしたかった。きっと初めて会った時から工藤さんに魅せられていたんだ。これで別れたら、もう二度と会えなくなる予感さえする。
「翔哉君。それは意味分かって言ってるの?」
僕はゆっくりと頷く。
「俺がどんな人間か分からないだろう。また騙されるかもしれないし、酷いことをされるかもしれないよ」
「工藤さんは絶対にそんなことしません。僕は分かります。今晩だけで構いません。駄目ですか?」
「参ったな……俺も男だから、途中で止められる自信はないよ。何より、君はとても魅力的だ」
今度はおでこへキスが降りてきた。
「場所を変えよう」
「はい」
躊躇いもなく、工藤さんが僕の手を引く。
蒸し暑い夜なのに、いつまでも繋いでいたい手の温かさだった。
𓇼𓆡𓆉
工藤さんの自宅へタクシーで向かう。車内でも手を繋いでいたが、反対の手ではずっと太ももをまさぐられていた。きちんと着付けてもらった浴衣の裾をわざとずらすように、ゆっくり引っ張るものだから、自然と胸元が開いてくる。
こういう空気には慣れていない。でも、好きな人から色を含んだ目で見られることが、どんなに興奮するかを知った。痺れるくらいぞくぞくする。
マンション入るやいなや、もつれるように抱き合った。玄関脇にある寝室へ誘導される。
工藤さんが熱い目で僕を見て、ベッドへ押し倒した。公園でしたキスとは違い、今度は深く舌が入ってくる。頭が痺れて、蕩けそうになった。ふわふわと温かいものに包まれているような、そんな感じだ。
工藤さんは浴衣を一気に脱がそうとしない。まさぐりながら、指先が優しく乳首を弄っていた。
前と違って乳首も気持ちがいい。口に含まれると、更に感度が増した。
「ぁ……っ……ん……」
「やっぱり感度は良いね。あの時思ったけど、君は素質がある。肌も綺麗だ」
「…………工藤さんはエッチです」
「はははっ、エッチなのはこれからだよ」
「ええっ……」
「素直だな。本当に可愛い。ここはどうかな」
やんわりと下半身を揉まれる。実は触って欲しくて仕方なかった。自分で触るのも恥ずかしく、もじもじしていた。
「ぁっ……ダメです。出ちゃう……恥ずかし……ぁ」
「キスだけでイきそうになるとことか、堪らないんだけど」
あんまり自慰もしない。親兄弟がいる狭い家で、プライベートな時間は殆どない。夜中にトイレでこっそり処理することもしばしばだ。
「や、やめてっ……あ……ふ……」
「動画の時と嫌がり方が随分違う」
「そんなん、ぁぁっ……んっ」
耳を舐められた拍子で、いとも簡単に射精をしてしまった。パンツに不快感が広がる。
「…………すみません」
「謝ることは何も無いよ。ほら、脱いで見せてごらん」
「恥ずかし……」
「翔哉君が恥ずかしいなら俺が先に脱ごう」
工藤さんはしゅるりと自らの帯を外す。浴衣の間から見えたのは、逞しい男の身体だった。僕の白さが引き立って浮くくらい、引き締まっている。
観念した僕は裸になった。工藤さんは、興味津々に僕の股間へ顔を近付けるものだから、顔から火が出そうになる。
「この前は、恥じらう君の裸を撮ってから、後ろを解して、応援部隊からめちゃくちゃにされるという動画だったんだ。騙された健気な君が可哀想になって、やめてしまったけど」
「後ろを解す…………?」
「そう。ここを挿入するための穴にする」
立てた両膝の間に入ってきた工藤さんが、僕のお尻を両手で揉み始めた。親指が後穴の周りを柔らかく解している。
「あ……ん、ふぅ……」
「動画は丁寧にしない。いきなり指を入れて強引に広げるだけ。大体の子は苦痛に顔を歪める。だから、翔哉君の初めてをゆっくり貰えてよかった。徐々に気持ち良くなるよ」
ローションといういい匂いのする液体と共に、工藤さんの指がナカに挿ってきた。
男同士はここに挿れるのかと、無い性知識を総動員して考える。
「………………ぁっ……あ、ぁ……」
「そう。ゆっくり息を吸って、上手だよ。力を抜いてて」
「ぁ、口にいれないで、また、出る……ん」
再び緩く立ち上がっていた中芯を口に咥えられる。吸われて拡げられて、訳が分からなくなり、太ももから上がってくる快感に身震いをした。
𓇼𓆡𓆉
散々穴を弄られ、どこがどこと繋がっているか分からなくなってきた。
ぐったりとしている僕の隣で、工藤さんがついに下着を脱ぐ。天を向く雄に息を飲んだ。色も大きさも、なんなら形も違うんじゃないかってくらい立派である。
「ゆっくり挿れるからね。力抜いてて……翔哉君のナカ、温かくて気持ちいい」
「はい…………ん……工藤さんの、おっきい……です」
「動くよ」
スルりとまではいかなくても、思っていた以上にすんなりと挿った。
工藤さんが時間をかけて拡げてくれたお陰か、全く痛くない。大袈裟じゃないけど、初めから挿れるためにあったような、そんな気すらした。窄まりが、途中から快楽へと変わっていく。
僕を気持ちよくさせてくれて、様子を見ながら高みへ誘う工藤さんに心からお礼を言いたい。
𓇼𓆡𓆉
それからは、記憶が途切れ途切れであまりよく覚えてない。見上げる度に眉間へ皺を寄せ、格好良く腰を振る工藤さんがいた。
身体に負担がかかるからと、1度で終わった気がするし、2回目もしたかもしれない。
もし彼とこれで最後だとしても、一生この思い出で生きといけると思ったくらい、幸せな時間だった。
1つになるって素敵なことなのだ。
朝、目を開けると、僕はすっぽり工藤さんの腕の中にいた。
(うわ……工藤さん、無防備に寝てる……)
間近で見た寝顔に照れてしまう。
だが、思うように身体が動かないことに気が付いた。正しくは腰から下が鉛のように重い。これでは起き上がれるか不明である。
「おはよ、翔哉君」
「……お、おはようございます。起こしちゃいましたか」
「翔哉君が面白かったから、寝たフリしてただけ。それよりも起き上がれる?」
「たぶん……無理です」
「昨日の激しさからみると、そうだろうね。ゆっくり寝ているといい。後で送っていくよ」
そう言うと、工藤さんは立ち上がり、寝室から出ていこうとしたので、咄嗟に僕は呼び止めた。
「あ、あの……」
「何?」
「どうして、こんなに良くしてくれたんですか?僕が可哀想だから、ですか?」
突然の質問に、工藤さんの目が大きく見開かれるも、すぐに笑顔へ変わる。くらくらするような眩しい笑顔だ。
「たぶん、俺は君に恋している」
「…………!!」
「だから大切にしたいんだろうな。久しぶりの恋人を逃がしたくない一心で、頑張ったんだと思う。そういうおじさんの気持ちも分かって欲しい」
まあ、後は君次第だからと、意味深な言葉を残して、僕は寝室に1人取り残された。
生殺し状態で、痛い腰を抱えながら幸せを噛み締める。
今まで生きてきた環境からは想像もできない未知との出会いが、人生には転がっている。
僕は小さい声で『生きててよかった』と呟いた。
【おしまい】
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