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翡翠楼の日常

「今日も寒いねぇ、辰ちゃん」 「おぉ! 綱吉かぁ、相変わらず元気だねぇ」 「ハハハ ―― 俺ってばそれだけが取り柄だし」  ―― 西暦2080年3月初旬  一昨年公布された”一部改正・売春防止法”が  施行され、東京都にも他の自治体に習ってエリアを  城東・城西・城南・城北の4区画に分け公営の  認可遊郭が出来た。    ここはその昔 ”吉原遊郭”があった所。  今の住所で言うと台東区千束4丁目の辺り。  大小取り混ぜ様々な娼館や風俗サービスを主とする  商店が新たに出来て、  この界隈も昔の賑わいを取り戻しつつある。     「―― あぁ、ツナ。水打ちが済んだら、ちょいと  勝手口の木戸も直してくれないかい?」    店主に命じられ、表玄関の前で水打ちをしていた  少年・綱吉(つなよし)は「分かりました」と  返事をした。  綱吉の主な仕事は娼婦館”翡翠楼”での雑用だ。  汚れた部屋の片付けから、使いっ走り、  店の補修や薪割りといった力仕事で。  この店の用心棒・甚八とウマが合い、ぽっかり空いた  自由時間などに彼から護衛術を教えて貰ったりしてる  綱吉が弟・裕吉(ひろよし)と共にこの店へ来たのは  12才の時だ。    それまで暮らしていたとある地方都市の寒村で  たった1人の肉親だった祖母を亡くし、  兄弟2人きりの生活にも行き詰まり、  女衒・手嶌の仲介で翡翠楼へ売られて来た。  普通、陰間(かげま)は数え年で13を迎える頃、  陰間として客を取る ――つまり、水揚げされるが。  綱吉の場合あまりにも体格が華奢で、水揚げ前の  営業許可が下りず。  こうして下働きをしながら次の検診日を待っている  のだ。    けど、綱吉にとって女衒・手嶌(てしま)と、  生まれつき身体が弱くて働き手にはなれない裕吉も  一緒に買い取ってくれた翡翠楼店主・珠姫(たまき)は  命の恩人であり、この遊郭で働く人々は  家族も同然なのだ。  命尽きるまでこの店の為に身を粉にして働くと  心に決めていた。   ***** ***** *****  傾いた扉を修理し終えた綱吉は、  すぐ近くの塀のひび割れにも気付いた。  あぁ、どこもかしこもガタがきてるな……。    この建物は珠姫の曽祖父が買い取り、  元の吉原遊郭が最も華やかしき頃はかなり繁盛してた  遊郭だったそう。    それが今では、最新式の設備と定期的なイベントの  開催で人気を博すライバル店に気圧され気味で。  常に経営状態は悪かった。  唯一の救いはバイタリティ溢れる珠姫が、  そんな苦境は1度も表に出さないという事。    "ま、生きてりゃなんとかなるだろ”  そんな珠姫の超ポジティブ発想が、  店で働く者全員に見えないパワーを送り込む。  他の娼婦館の店主たちの私欲にまみれた醜い姿を  嫌と言うほど知っているだけに、  珠姫の元で働く者たちは皆、  珠姫に感謝の思いと敬意を払っている。  勿論綱吉もその1人で、  何とかして珠姫を楽にしてやりたい ――、  恩返しは出来ないものか? と、  足りない知恵を必死に起動させるが結局毎日の  食事量を減らすことぐらいしか考えつかず、  それを実行しても  「育ち盛りの子供が食べないでどうするんだ」と  逆に珠姫の分から肉を無理矢理分け与えられ、  全く意味のないことになってしまうんだ。  何か自分でも役に立てることはないだろうか……。    そしてその絶好のチャンスは、  花の固い蕾がゆっくり綻ぶ春の訪れと共にやって来た  

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