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嬉しい報告
小さな通りにひっそり建つうらぶれた感じの
アパートから綱吉が出てきた。
その表情は何時になく明るくて、
足取りも弾んでるようだ。
この界隈の目抜き通り”吉原大通り”では
久方ぶりの花魁道中が行なわれ。
大観衆が集まり固唾を呑んで見守る中、
老舗遊郭”富藤屋”の太夫(たゆう)華富士が
多くの従者を従えしゃなりしゃなりと揚屋へ向かって
歩いて行く。
ちょうどその途中に当たった綱吉も道中を見ようと
するけど、背丈が足らず群衆が邪魔で見られない。
と ―― 横から現れた自分と同い年位の少年が
綱吉の手を取り、邪魔な人々の間を縫うようにして
進み、最前列に出る事が出来た。
そうやって初めて見た、
花魁道中は夢の世界の出来事のようだった……
何て事はない、単にお客様に呼ばれて遊女が揚屋入り
する、というだけの事なのだ。
まぁ、太夫自身と所属する遊郭の宣伝にはなるが、
道中の必要経費は当然の如く全て太夫の負担になる。
ただでも借金まみれの花魁(遊女)が莫大な借金を
負う事になるので、こんな散財は間違ってもしない。
「はぁ~~、綺麗だったね。華富士太夫」
「うん……」
道中が通り過ぎてしまったあとでも、
2人は夢見心地だ。
「あ ―― さっきはどうもありがとう」
「って、なにが?」
「手ぇひっぱってくれたじゃん」
「あぁ ―― あれね。あ、オレ、揚羽
紅花館 で働いてる」
「揚羽か……源氏名貰えてるって事は、営業許可は
もう下りだんだ」
「うん ―― って言ってもほんの1週間前だった
けどね。キミは?」
「俺は綱吉。実はたった今さっき診療所で許可
貰ってきたとこなんだ ―― あっ! 早く戻って
旦那さんに知らせなきゃ。じゃ、揚羽、今度は
お茶でもしようね」
「気をつけて」という揚羽の声に手を振り
綱吉は翡翠楼に向かって走り出した。
***** ***** *****
珠姫が綱吉から遊女として働く営業許可を受け取り
神棚へ供えた。
2人揃って神棚へ向かい、柏手をうつ。
それから、改めて小机を挟んで向かい合って座り、
「総元締めがお前の源氏名も考えて下すったよ」
「俺の源氏名……」
「:”蛍” だ。薄暗闇にポツポツと浮かんでは消え、
儚い一生を懸命に生きる……お前のイメージに
ぴったり!じゃないかって。どうだい?
気に入った?」
「ほたる……とても素敵です。俺にはもったいない
くらいだ」
「さて、次のステップだが、水揚げのお相手は
この私が責任を持って厳選するからね」
と、言って、珠姫は涙ぐむ。
「旦那さん……」
「あら、許しとくれよ。何だか自分の愛娘を嫁に
やるようでついね……」
「嬉しいです……これで俺もやっと恩返しが出来る。
翡翠楼が今よりもっと栄えるよう、俺、一生懸命
働きます」
”働く”娼館で働くという事はイコール自らすすんで
”男に抱かれる”という事。
当たり前の事だが、綱吉の面倒を幼少の頃より見て、
他の誰より綱吉の不遇な生い立ちを良く知る珠姫は
健気な綱吉が不憫でならない。
「……けど、ツナ。これで本当に――」
「いいんです。こんなやり方でしか珠姫さんに
お返し出来ないのが、ちょっと悔しいけど」
珠姫はネガティブな思考を吹っ飛ばすよう
勢いよく立ち上がって、
「さぁ。そうと決まったら
私もメソメソしちゃいらんないわ。
お馴染 みさんに当たりをつけなきゃ」
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