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第34話(完)

 月極駐車場までの距離を、ゆっくりと二人で歩く。  時折、睦月の体調を気遣って言葉をかけると、「大丈夫だから」と睦月は笑顔で答えた。  車に乗り込みはしたが、すぐにはエンジンをかけず、二人とも黙り込む。  半日の間にいろんなことがありすぎて、今ようやく落ち着くことができた。  それは、睦月も同じだったらしく、先ほどよりもいくらか疲れた表情になっていた。 「……災難でしたね」  祐太がそう言うと、睦月は儚げな微笑みを浮かべて「そうだね」と答える。 「でも、もう終わったから」 「そうっすね」  言葉を返したあと、隣の助手席に座る睦月に向き直る。気配を察して睦月も同じようにして向かい合った。  どちらからともなく、腕を伸ばして抱きしめ合う。もしかしたら、二人とも同じことを考えていたのかもしれない。  これで、ようやく始められる――。  間近で見つめ合ったあと、触れるだけのキスを交わした。それだけではもちろん足りなくて、何度も唇を合わせる。最後には、ぴったりと塞いで激しく舌を絡め合った。 「……まずい。止めらんねー」  キスの合間に思わず飛び出たセリフに、睦月がおかしそうにクスクス笑う。頬を上気させて目を細める笑顔は、可愛らしさよりも艶っぽさの方が上回っていた。 「ここで、する?」 「それは、さらにまずいかも……叔父さんに怒られる」  心底困ってそう言うと、睦月が今度は可笑しそうに声を上げて笑いだした。  腹を抱えて大笑いする恋人の横で、祐太はふてくされて唇をとがらせた。  笑い事ではないのだ。  叔父の徳倉は本気で怒ると、やのつく職業の人よりも怖い。体格に見合って、腕っぷしも強い。殴られたら、いくら祐太でも無事ではすまない。  ひとしきり笑ったあと、睦月は祐太の首に両腕を絡めて抱きついてきた。そして、耳元でそっと囁いてきたのだ。 「――じゃあ、早くうちに帰ろう」  夢にまで見たことが現実になると、嬉しさで目眩がするというのは本当なのだと、祐太は実感していた。  目の前では睦月がその肌のすべてを曝け出して、自分に手を差し伸べている。その手を取って指を一本ずつ口に含んで愛撫すると、彼の眉間には艶のあるシワが刻まれた。  やばい。  このままでは、彼の姿態に見惚れたままで達してしまう。  できれば彼の性感を高めながら、優しく丁寧に愛したいのに、どうしてもがっついてしまう。ギリギリで我慢していたのに、睦月はそんな自分を翻弄するように欲情でとろりと蕩けた眼差しで、誘ってくるのだ。 「……いい、んだ。きて……」  それからは、無我夢中で彼の奥の奥まで暴いていった。  身体を繋げたら満足するだろうと思っていたのに、足りないもっとと、何度も求めてしまう。  荒々しくもあった祐太自身を、睦月は包み込むように受け入れて、よがって啼いた。  色っぽい吐息と喘ぎに、欲望を彼の内に解放した中心がまた奮い起つ。  もう限界というところまで抱きつくした時には、東の空がすでに明るくなろうとしていた。  まだ息が整わないまま、祐太は睦月をぎゅっと抱きしめていた。どちらのかも分からない白濁や汗で身体はドロドロのベタベタだったが、それでも離れたくなかった。  このまま眠りにつきたかったが、そうもいかない。  祐太は起き上がって、自分の下にいる睦月の前髪をそっとかきあげた。自分以上にぐったりとしている彼に、やり過ぎたと罪悪感が湧いてしまう。 「……大丈夫?」  祐太の問いかけに、睦月は目を閉じたままこっくりと頷いた。返事をするのも億劫そうだ。 「シャワー浴びようか。このままじゃ寝れないでしょ」 「……うん。でも、今はムリ」 「ごめん」  がっくりと肩を落として謝る祐太に、睦月はゆっくりと目を開けて視線を向けると、クスリと笑った。 「謝ることじゃないだろ」 「でも、やっぱり無理させちゃった気がするし……。睦月さん、今日は色々と大変な目に遭ったのに、俺ってば自分勝手に……」 「いいんだ」  祐太の言葉を遮るようにして、睦月が言った。 「いいんだよ。僕もそうしたかった。告白してくれた時から、ずっと我慢してたんだ。だから、謝らなくていい」  そう言ってくれる恋人がたまらなく愛しくて、祐太は再び彼をきつく抱きしめる。睦月も背中に腕を伸ばして優しく撫でてくれた。 「次は、こんなにがっつかないから、またしてくれる?」 「僕もしたいから、するよ」 「じゃあ……」  肘をついて身体を起こすと、祐太は真下にある睦月をじっと見つめた。 「キスしてもいいですか?」  その言葉に、笑い上戸の愛しい人はまた肩を震わせて笑った。 「もう、そういうこと聞かなくていい」 「睦月さん……」 「祐太くんがしたい時にすればいいんだって。……僕も、そうするから」  そう言うと、睦月は背中に回していた腕を首に絡めて、顔を近づけてきた。  しっとりと重なるキスは優しくて甘く、祐太が幸せと言う言葉を実感するのに十分なものだった。 Shall I kiss you? 【End】 初稿:2012.10.04 fujossy版:2019.04.21 (C)葛城えりゅ

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