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第1話
「薗部先生、作風変わりましたね」
そう言われて、僕はきょとんとした。
僕の名前は、薗部睦月。職業は、フリーのイラストレーターだ。
今、(株)ハイテックという中堅のゲームソフト会社の開発室で打ち合わせ中。
再来年発売予定であるゲームのキャラデザインのイラストを依頼されていて、ラフ(下書き)が出来上がったので、担当者に見せるために持ち込んできたのだ。
「そうですか……?」
自分では、いつも通りに描いたつもりなんだけど。
もしかしたら、イメージと合ってない?
僕は、急に不安になる。
「──ああ、申し訳ありません。イラストに不満があるとかではないんです」
担当者で、企画開発室の主任である田崎さんが華やかな笑顔を見せた。
田崎さんは、僕と同じ美大の出身で、デザイン事務所から今の会社にデザイナーとしてではなく、ゲームクリエイターとして転職してきたというちょっと変わった経歴の持ち主だ。
だけど、そこは流石に美大出身というべきか。彼のダメ出しや指摘は、どんな出版社の編集者よりも的確で、まだまだひよっ子に近い僕はいつも勉強させてもらっている。
かなり年下の──その若々しい見た目からは信じられないんだけど、田崎さんは30歳を超えているらしい。──後輩である僕にでも、きちんと敬語で話してくれるし、しかも『先生』とまで呼んでくれる。
「あの……まずいなら、ホントに言ってください。まだラフの段階だし、やり直しますから」
僕がそう言うと、田崎さんがクスクスと笑いだした。それを見て、僕は目を丸くする。
普段は端正な顔立ちのうえに無表情で、まるでアンティークドールを思わせる感じの人なんだけど、めったには見られないその笑顔はとても優しくて、ふわっと高価な花が咲き誇ったような雰囲気に変わる。
「違いますよ。むしろ、逆ですね。どのイラストも僕が思っていた以上の出来ですね。ほら、特にこの剣士が──」
田崎さんが僕のラフ画の1枚を指差した。
それを見て、僕は内心慌てる。
そこに描かれていたのは、身の丈の半分ほどの大きな剣を手にした背の高い剣士だ。ゲームの主人公の1人でもあるキャラクターだ。
「今までの薗部先生が描かれるこういう戦闘キャラって、どちらかというとすらっとした知的な感じが多かったでしょう? この剣士は、そういうイメージではなかったので心配していたんです。でも……予想以上にいいですよ、これ。なんかワイルドで包容力があって、それでも少し少年っぽさを残しているというんでしょうか……」
田崎さんが剣士のイラストを褒めてくれるのは、すごく嬉しいしありがたい。
ありがたいんだけど、ちょっと──いや、かなり恥ずかしい。
だって、さ。
田崎さんは、知らないからこそ、つらつらとそう言ったんだろうけど。
すらっとした、知的な感じ。
それって、まんま僕の昔の男のイメージだ。
それだけじゃなくて、後の方に言ったワイルドで包容力があって、しかも少し少年っぽさを残しているってやつ。
これは……。
これは、どう見ても『あの子』のイメージだよな。
「薗部先生。どうかしましたか?」
何も言わずに下を向いているぼくに、田崎さんが心配そうに声をかけてくる。僕は、気づかれないようにゆっくりと細く息を吐いた。
なんとなく顔が熱い。赤くなっているよな、絶対。
僕は気を落ち着けると、漸く顔を上げた。
「なんでもないです。ただ、初めて描くタイプだからあんまり自信がなくて……」
大ウソ。
ホントは、このキャラのラフ画はかなりの自信作だ。
頭の中からどんどんイメージが湧いてきて、描いているうちにすごく楽しくなって、ラフとは思えないくらいに描きこんでしまっていた。
田崎さんの指摘がある意味図星だったから、とっさにそんな嘘をついてしまったんだ。
「自信を持っていいと思います。薗部先生はまだ若いんですから、これからもこういった挑戦はなさるべきです」
僕の嘘を真に受けて、田崎さんは穏やかながらも力づけてくれるような強い口調で励ましてくれる。恐縮して、背中になんだかいやな感じの汗をかいていた。
「あ、あの……じゃあ、デザインはこのままで?」
「ええ。進めてください。カットは前にも申し上げましたが、各キャラクター全身で前面と背面。表情は最低でも4カット。主人公クラスはその倍の8カット欲しいですね。主人公クラスは側面もお願いします」
ごまかすようにしてイラストの打ち合わせを促すと、冷静沈着な声で淡々と説明された。僕はそれを懸命にラフ画の横にメモを取る。
「──わかりました」
「よろしくお願いします」
田崎さんが丁寧に頭を下げて、僕もそれを返しながらラフ画を封筒にしまう。打ち合わせ終了の合図のようなやり取りだ。
これからが、本番だ。頑張らないと。
「ああ、そういえば薗部先生はうちの加藤と同級生だったんでしたよね?」
田崎さんにそう聞かれて、僕の胸がチクッと痛んだ。
加藤翼。
1年前に、同居を解消して別れた男。
そういえば、この会社の仕事を受けるようになったのは、学生の頃に依頼していたデザイナーに逃げられたと、この会社でアルバイトをしていた翼が、僕に泣きついてきたのが最初だった。
「……ええ、そうです。加藤、元気ですか?」
なんでもない風をなんとか装いながら、僕は儀礼的に田崎さんに聞いた。
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