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第3話

 中村さんは、自分がゲイであるということを周囲にあまり隠してはいない。ここの臨時アルバイトの子も口説かれたって話を聞いたことがあるし、翼も知っているようなことを言っていた。  でも、出入りしている僕やアルバイトだけじゃなくて、まさか同僚の田崎さんまでちょっかいをかけているのだろうか?  まあ、たしかに田崎さんは綺麗な人だけどさ。  でも、それっていろいろとマズイんじゃないのかな。僕は会社勤めをしたことないから、よくわからないけど。 「すいません、薗部先生。中村が失礼なことを言って」  穏やかな口調に戻って、田崎さんが謝ってきた。  僕がいいえ、と首を横に振ると、田崎さんはクスッと笑った。 「もしかしたら、中村に以前、口説かれたりとかしました?」  さらりと、過激なことを聞いてくる。 「え!? あ、あの、僕は……っ!」 「口説かれたんですね」  断定的なセリフに、頷くことしかできない。 「薗部先生にまで手を出していたんですか……まったく」  田崎さんは、呆れたようなため息を吐いた。 「でも、ずいぶん前のことなんです。だけど、それ以来ちょっと苦手意識ができちゃって」 「それはそうです。たしかに、薗部先生は可愛らしいから、口説かれるのも無理ないことかもしれませんね」  田崎さんがクスクスと笑う。  可愛らしいって。  あのー。僕、一応25歳の成人なんですけど。  ふと、脳裏に一人の青年の顔が浮かんだ。  アイツも、何かにつけて、可愛いだのなんだの言うよな。  僕より4歳も年下のくせしてさ。 「あの……」  さっきから気になっていたことを、僕は田崎さんに聞いてみる。 「田崎さんも、その……中村さんに迫られちゃったりするんですか?」 「え?」  田崎さんは少し驚いたようで、眼を大きく見開いた。  立ち入ったことだったかと、背中に冷や汗をかく。  すると、田崎さんは僕を見つめたまま、ふっと微笑んだ。  それは、先ほどの華やかなものとは少し違う。嫣然としていて、なんというか、その、色気に満ち溢れている。  その色っぽさに、僕は暫し見惚れていた。  いつの間にか、エレベーターの前まで来ていた。  田崎さんは『下り』のボタンを押すと、ゆっくりと再び僕の方を振り返る。さっきの、やたら色っぽい微笑のままで。 「迫られてなんかいませんよ」 「そ、そうですよね。すみません、変なことを聞いちゃって。はは」  田崎さんの言葉に、僕は謝ると同時に笑ってスルーしようとした。  だけど、またふいに思い出していた。  さっき、中村さんとこの人は、苗字ではなく下の名前で互いを呼び合っていたことを。 「せまったのは、むしろ僕の方かもしれませんね」 「え?」  ──チン!  ベルの音とともに、エレベーターの扉が開いた。 「それでは、イラストが出来上がりましたらご連絡ください。締切は一応、二週間後ということで」  いつもの田崎さんの冷静な口調に促され、僕はエレベーターの箱の中に入る。毒気を抜かれたみたいに呆然として、返事すらできなかった。  扉が閉まる瞬間、田崎さんはあの艶やかな微笑みを浮かべていた。  エレベーターの中には、僕一人。 「びっくりしたあ……」  思わず口にして、ずるずると壁にもたれかかった。  なに? あの二人って、そういう関係なのか!?  驚きでドキドキとする気分を落ち着かせるために、僕は封筒を開いてラフ画を1枚ずつ見る。そして、打ち合わせの時に田崎さんに褒められた剣士のイラストで、ふと手が止まった。  指摘されてから改めてこうして見てみると、たしかに今までの僕のタッチじゃない。ついまじまじとそのイラストをながめる。  描いている時はきづかなかったけれど。ホントに似てる。  付き合っていた男と暮らしたアパートから引っ越すときに、知り合った年下の便利屋。  背格好だけではなく、顔立ちまでがマジでそっくり。彼に同じ衣装を着せたら、そのまま実写版みたいな感じになるだろう。  なんだかおかしくなって、誰も乗ってこないエレベーターの箱の中でクスクス笑っていた。  僕のイラストは、自分が思っている以上に正直だ。  今の僕の裡から『翼』という存在は、すっかり消えていた。かわりに住み着いているのは、年下だけど頼りがいのある明るい声で話しかけるアイツ。  エレベーターを出たところで、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。  メールの着信。送り主は、僕の心に住み着いて しまった青年──祐太から。 『今日の仕事終了。夕飯食べにいきませんか?』  内容を見て、自然と顔がほころぶ。  そういえば、お互いに仕事が忙しくて、1週間近く会っていない。僕は着信履歴から祐太の番号を呼び出して、発信ボタンを押した。 「──もしもし。あ、祐太くん? メール見たよ。僕も今、打ち合わせが終わったんだ。──うん。○○町にいる。ごはん、何が食べたい?」  僕の問いに、祐太は明るい声で「たくさん食べられるみせがいい」と答えた。待ち合わせの駅と時間を決めて、通話を終了する。  ビルを出る足取りが自然と軽くなり、気がついたら急ぎ足になっていた。  ほら。やっぱり、僕の身体はイラストと同じくらいに正直だ。  祐太に早く会いたくて、駅までの道のりを急いでいる。そんな自分は、なんだか嫌いじゃない。  まだ、始まったばかりの恋とも呼べない気づいたばかりの気持ち。  ちょっと強引なとこもあるけど、気遣いにあふれている優しい青年へのあったかい感情。  早く。  早く、キミに会いたい。  きっと、周りから見た僕の顔は、きっとにやけていてしまらないものに見えているにちがいない。  でも、それでもいいんだ。  今の僕は、そんな自分を気に入っているから。  ビルの隙間から差し込む西日が、そんな浮かれた僕を明るく照らしていた。 End. (C)葛城慧瑠 初稿:2006.11.19 改稿:2008.12.22 fujossy版改稿:2019.04.12

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