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第3話

 三人の姉姫の出した案により、急遽出立になったレイレスは厩にいた。  黒毛の艶やかなその鬣を櫛で梳きながら、愛馬の様子を見ていると、藁を踏む音に気づく。  振り返ると、黒髪を肩へ垂らした青年が立っていた。 「本当に一人で大丈夫か?レイレス」  歯をうっすらと見せ、悪戯な微笑みを見せるその男に、レイレスは近付き、その胸を小突く。  レイレスと並ぶと、頭二つは高い爽やかな青年である。 「相変わらず無礼だなヘルバス。一国の主に何言ってる?」 「何が無礼だ。お前も王なら馬の世話くらい下のやつにやらせろ」  ぷっと、レイレスが吹き出すと、釣られたようにヘルバスと呼ばれたその青年も笑った。 「これを渡そうと思っていた。取れ、レイレス。俺の代わりだ」  ヘルバスは言って、胸元から一振りの短剣を差し出した。  銀で獅子らしい装飾の施された見事な剣である。  それを見るなり受け取ろうとした手をレイレスは引き戻した。 「おい。待てよヘルバス、これ、お前の親父の形見じゃないか。今まで一度も触れさせてくれなかった…」 「まー、まー、待て。レイレス。これには理由がある」 「理由?」  ヘルバスは頷き、レイレスの肩を引き寄せる。 「誰にもいうなよ。これは秘密だ」  レイレスはヘルバスの瞳を見返す。深い青色の瞳。  いつもになく、真剣な双眸がそこにあった。 「お前、俺の出生と混血の話は知ってるだろ」 「当たり前だ。一緒に育ったようなものだからな」 「そうだ。そして、俺の父は人間だ」 「それがどうかしたのか?その短剣と何がある?」  ヘルバスは鞘から剣を引き抜くと、光にかざした。 「俺の父は、まあ、召し上げられるほどの力の持ち主だったが、それだけじゃなかったんだ」 「なんだ?」 「…人間の中に、とある有力な騎士団があったらしい。だが、そいつらは表には出ない。影に隠れるように動く。名は知らないが…人間の世界でも知る者は少ないという」 「で?それが、その剣がその騎士団の団員である証拠、とでもいうんだろ?」  ヘルバスは、大きな瞳をさらに大きくした。 「なあんで、最後まで言わせてくれないんだよ!お前っていつもそう!」  がっくりと、肩を落としたヘルバスを見ながら、レイレスは笑った。 「わかりやすいんだよ。で?なんでそんなに大切な剣を俺に託す?」 「託すんじゃない。お前を守るんだ」  不意に、顔を上げたヘルバスの表情が真剣なものにすり替わっていた。 「守る?」 「ああ。持っていれば、何のことかお前なら気付くはずだ」 「?物騒だな。ただの旅行だっていうのに」 「いいから!もって行け!」  短剣を無理やり押し付け、ヘルバスは背を向けた。 「土産、待ってるぜ」  手を振って、遠ざかっていく。  出立の時が迫っていた。

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