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第60話

 陽の差し込む森には、すでにその姿は無かった。  己の剣を拾い、見上げれば、朝日にも昏い城がそこにあった。  レイレスが去り、茫然とエィウルスはその囁きを繰り返していた。  エィウルスの耳には、呪文の様にその囁きは響く。    愛を囁くには、哀しい響きのそれは、エィウルスの記憶にあった。  いつか、どこかで聞いた。  だが、それがどこであったのか、記憶は薄れ、遠く彼方のものの様だった。  ふと、血の香りが鼻先を掠めた。  エィウルスは、目を閉じ、風に乗る血の香りを感じた。  だが、この胸を掻き毟るような、狂うような昂ぶりは無い。 「…レイレス…」  握った手の中に残る、微かな残り香。  もう一度、その体を、この手に抱くために。      再びの狂乱の中にこの身を投じることになる。  それが、もう一度出会うために必要な運命なのだとすれば、望むまま差し出すだろう。  お前を、求めるまま。  エィウルスは、歩き出していた。  血の香る方へ。  すでに失われた、死が、手招く方へ。

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