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第1話

次々と足早に学生たちが門をくぐっていく中、少し離れたところで校舎を見上げる小柄な生徒が、一人。 ヨーロッパの城を思わせるような豪奢な洋風建築は、ここ綾羽竜泉(あやはりゅうせん)高等学院のシンボルともいえる。 中学から兄が通うこの学院に入学することは、彼、義堂悠(ぎどうはるか)の夢だった。叶うはずのなかった夢を現実にしてくれたのは、学院の理事を務める悠の父だ。 ずっと言えなかった悩みを打ち明けさせてくれたこと、そして、受け止めてくれたこと、それだけでも悠にとっては大きな救いだ。その上、自分と向き合う場所、自分の可能性を試す場所として、竜泉に入れるよう便宜を図ってくれたこと、感謝してもしきれないと思っていた。 ――今日からここが、俺が俺らしく生きる場所…… 心臓の辺りにそっと右手をあてて、深い呼吸をひとつ。 不安がないといえば、嘘になる。でも、新しい生活への期待感は、それを覆い隠すほどむくむくと膨らんでいる。 「……い、おい」 声をかけられていると気づかず、強めの口調に驚いて振り返る。 「……なんだ、新入生じゃないのか」 悠を呼び止めた相手は、悠のネクタイに視線を落としてそう言った。 中高一貫校の竜泉だが、ネクタイの色が学年ごとに違っていて、ネクタイの色を確認すれば一目で学年がわかるようになっている。 振り返った悠とその生徒のネクタイは、同じ赤色をしていた。 「そんなところに突っ立ってどうした。体調でも悪いのか?」 というか、お前見ない顔だな、と彼が続ける。 「あ、いやえっと俺、高等学院の2学年に今日から編入するんです」 得心したようにああ、と一言つぶやく。 「多分お前、俺らのクラスだわ。担任んとこ行くんだろ?」 職員室に案内してやるよ、と彼は続けて、悠を先導するように歩き出す。一瞬呆けてしまった悠だったが、慌てて彼の背中を追いかける。 職員室へ向かう道すがら、彼は自分のことを黒羽雅人(くろはまさと)と名乗った。 「黒羽君。俺は義堂悠です、よろしくお願いします」 だからなんでお前さっきから敬語なんだよ、と黒羽が相好を崩す。大人っぽい落ち着いた雰囲気に反して、初めて見た笑顔は思いのほかあどけなかった。 先ほどから話していてもほとんど表情が変わらないし、端っことはいえ門の前に突っ立っていたから、邪魔になって怒っているのかと思っていたが、もともと心の内が顔に出ないタイプらしい。 怒るどころか、とても親切でやさしい人だ。さっきだって悠を心配して声をかけてくれたのどろうし、編入生だと知れば道案内をかって出てくれるし、小柄な悠は黒羽とは体格差があるので、悠が急ぎ足でついて来ているのに気づいて、歩く速度を落としてくれる。 「同級生なのに敬語も変だよな。じゃあ、黒羽君改めてよろしく!」 「おう。クロでいいぞ、みんなそう呼んでる」 職員室に着くまでの間も、通り道にある設備なんかについて、簡単に説明しながら歩いてくれた。 「しかし、編入とはまた珍しいな。うちは中学からエスカレーターだし全寮制だから、高校生にもなると知ってるやつばっかでな。なんか新鮮だよ」 もともとが中高一貫校なのもあるが、竜泉の編入試験はかなり難しくハードルが高いので、毎年一定数の受験者はいるものの、合格者が出ることはまれだ。黒羽の言葉は要するに、これからそれなりの好奇の目にさらされるだろうことを、暗に言っているようなもの。 ははっと困ったように笑うと、黒羽が慰めるようにポンポンと肩を叩く。 「慣れるまではなかなか大変だろうが、困ったことがあったらいつでも頼ってこい」 着いたぞ、と職員室を指し示しながら、初対面の自分に対してもそんな言葉を自然にかけられる辺り、相当面倒見のいい人なのだろうと悠は思う。 「桜木先生、うちのクラスに編入生くるっておっしゃってましたよね?門のところで会ったので、連れてきました」 そのまま二言三言担任らしきその人と言葉を交わすと、黒羽はまたあとでな、と悠に声をかけて、その場を去って行った。 「義堂悠くんだね?」 「はい、よろしくお願いします」 「Sクラスの担任の桜木です。よろしくね」 竜泉は、中学はランダムだが、高校からはクラス分けがS、A、B、Cの成績順になる。当然成績上位者が集まるのがSクラスだが、竜泉の編入試験は、合格すれば必然的にSクラスに入れるような難易度に設定されていた。 「それにしても義堂君、よくうちの編入試験に合格したね、優秀なんだ。僕が赴任してからもう10年近くなるけど、編入してきたの君が初めてだよ」 またその話題か、と内心苦笑する。 これで理事長が父親だとか言ったら、十中八九コネや不正を疑われるんだろうなあ、と先が思いやられる。義堂なんて名字はそうそうないし、バレるのも時間の問題だろうが。 ホームルームまでまだ時間があったので、桜木と隣の応接室に移動し、学院のシステムなどを簡単に説明してもらうことになった。

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