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第2話

「パンフレットや入学案内見てある程度知ってるかもしれないけど、ざっと説明しておくね」 綾羽竜泉では、ある程度の成績を維持していればエスカレーター式で付属の大学に入学できる。しかし、そのまま付属の大学に進学する生徒は多くても1/3程度。多くの学生が外部の大学を受験する、全国的に見てもレベルの高い進学校なのだ。 そのため、学校行事などで中心的な役割を担うのは、中学の場合3年生だが、高校になると2年生となる。生徒会役員も、2年生・1年生で構成されるそうだ。 「さっき君をここまで案内してくれた黒羽君は、副会長なんだ。1年生の時は会長補佐をやっていてね。何かと頼りになる子だから、わからないことがあったら聞くといい」 やはり周りからの評価もそうなのだ、とひとり腑に落ちる。 全寮制という特殊性からか、竜泉の生徒会は少し特殊な構成をしていた。生徒会役員は、会長、副会長、書記、会計、風紀委員長と寮長・副寮長の7名。 1学年には生徒会補佐、3学年には生徒会OBという組織がそれぞれあり、1学年はその名の通り生徒会の補佐を、3学年は引継ぎと2年生で構成される生徒会の相談役を担う。 また、各クラスからは学級長と副学級長がそれぞれ1名ずつ選出されるが、この2名はそのまま、寮では監督生として寮生活をまとめる役割を担う。 各クラスから選出された4人の学級長・副学級長から、それぞれ1名を選出して寮長・副寮長とし、学年全体の寮生活を束ねるこの2名の役職のみ、生徒会所属として扱われるのだ。 生徒会所属となればもちろんどの役職も大変ではあるのだが、実は生徒会に入りたがる生徒は少なくない。なぜなら、生徒会役員には1人1部屋が認められているからだ。 竜泉の寮は基本2人部屋で、しかも同学年とは同室にはならない。必ず他学年とペアになるので、特に後輩の方ははじめ、何かと肩身の狭い思いをするのだ。 それが嫌で、生徒会に入ろうとする者は多い。そのため、生徒会役員は希望者で立候補を募ったのち、学年ごとの投票制で決まる。立候補がなかった場合は、上の学年からの指名制となる。 「Sクラスには2学年の寮長をやってる立花凌くんがいるんだ。後で紹介するから、学校や寮なんかを案内してもらって。寮生活についても一通り説明するように言っておくから」 一通り説明を終えると、それじゃあそろそろ行こうか、と桜木が悠を促す。 転校というものを一度も経験したことがない悠だったので、実は応接室に移ったときくらいから手に汗がにじむほど緊張していた。心臓の鼓動もやけにうるさいし、耳鳴りのようなものも感じる気がする。それらは、Sクラスの教室が近づくにつれてより大きくなった。 「ホームルームはじめるよー」と桜木が悠をともなって教室へ入ると、かすかなざわめきを残したまま静けさが訪れる。 やはり、編入生というもの自体がとても珍しいのか、誰も彼も、視線に好奇心を隠さなかった。なんともいたたまれない気持ちでふと顔を上げると、ちょうど悠の真正面、後ろの方の席に悠然と佇む生徒が一人。目が合うと、黒羽は軽く右手を上げて、悠の視線に応えてくれた。 それでなんだかほっとした悠は、落ち着いて自己紹介を無難に終えることができた。 悠に与えられた席は、Sクラスの学級長兼2学年寮長の、立花凌の隣だ。 「改めてよろしくね。後でいろいろと案内するよ」 「ありがとう、よろしく」 いかにも人のよさそうな、やわらかな彼の笑みにまた、ほっとする。 そのとき、誰かが何かつぶやいた。悠にはよく聞こえなかったが、多分「あいつも毎度、子守ばかりやらされて大変だな」といったようなことだと思う。 もちろん悠自身もあまりいい気はしなかったが、それよりも、立花の後ろの席に座っている生徒が、申し訳なさそうに肩を縮めて俯いているのが気になった。 悠の視線を辿って後ろを振り返った立花は、後ろの生徒の様子を見ると、にこやかな表情をひとつも崩さないまま、前に向き直った。 立花の顔を見ることができた誰もが、そのとき「あ」と思ったことだろう。これはまずい、と。何せ目はひとつも笑っていなくて、笑顔なだけに目元の冷やかさがなお怖ろしい。 「何か言った?」 そのまま、声がした方に向かって立花が放った一言は、それほど大きな声でもなかったのによく通った。 当然、立花の問いに誰かが言葉を返すこともなく、タイミングよくホームルームの終了を告げる鐘が鳴るまでは、いたたまれないほどの冷たい沈黙に教室が支配されたのだった。 そしてこの日このとき、立花を怒らせてはいけないという教訓が、悠の心にしっかりと刻まれる。

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