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第3話

そしてこの日、悠の胸にはもうひとつの教訓が刻まれる。ここでの学校生活に、油断はならないと。 1時間目の始業を告げるチャイムが鳴ると、生徒たちは皆机の上を片付けだした。あるのは筆記用具のみ。 あれ、1時間目って何の授業だったっけ……? そんなことを思っていると、前から順に用紙が配られてくる。キョトンとしていると、その様子を見た隣の立花がトーンを落として悠に声をかけてくる。 「義堂、今日は一日試験だよ……?」 中学一年生の入学時を除いて、毎年新年度の登校初日に実施される学力検査。理系は英数と理科の任意一科目、文系は国英と社会の任意一科目で、3時間目の選択科目のみ、移動教室での受験となる。 そんな話はおそらくパンフレットにも入学案内にも載ってなかったし、おそらくこれは意図的に伏せられた父のちょっとしたいたずらだ。担任の桜木にも自分から説明しておくなどと言って、口止めしていたのだろう。 まったく、本当に人をおちょくるのが大好きな人。困ったものだ。 が、そうと分かれば焦りもなくなる。何も準備はしていないわけだが、まあ何とかなるだろうと腹をくくった。 1時間目の英語と2時間目の数学は無事乗り切った。だがしかし、問題は3時間目の理科だ。編入試験も理系科目を選択したし、父が理系で申請を出していることは間違いないが、理科のどの科目で申請を出しているかまではわからない。 そして、3時間目の選択科目時には、それぞれ選択した科目に割り当てられた別教室へ移動して受験しなければならないのだ。 「桜木先生すみません、あのー……。俺、理科の受験科目、何で申請出してましたっけ……?」 当てずっぽうで教室を間違うよりもと、悠は恥をしのんで担任の桜木へ確認をとる。 真顔で悠の顔を見つめ続ける桜木の顔には、「何を言ってるんだね、君は」と書いてある。 「いや、あの、ほら、申請出すギリギリまで選択科目を迷ってまして、その後寮生活の準備とかでバタバタしてたもので……」 まったくおっちょこちょいだね君は、といいつつ、各自の申請をまとめた用紙に目を通すと、桜木は 「物理で出てるよ、理科B教室だ、少し急ぎなさい」 ありがとうございます、と一言お礼を言って、筆記具だけ持って急いで教室を出る。 と、すでに教室や廊下の人影もまばらになっているというのに、ドアの横に腕を組んで寄りかかっている黒羽の姿があった。 「クロ……。どした?」 どした?じゃねーよ、と黒羽は悠の頭を小突いて、移動教室へ急ぐよう促す。 「桜木先生に科目を確認してるのが聞こえたから待ってたんだよ、まだ道わかんねーだろうが。俺も物理だから一緒に行こう」 まったく、自分で申請出したもんぐらい覚えとけよな。そんなふうに悪態をつきながらも、やはり自分の歩幅に合わせて歩く速さを合わせてくれているのがわかる。 入学初日から、なんだかとても温かい気持ちがする。 「クロ!ありがとうな!」 「……いいからほら、早くいくぞ」 悠から向けられた晴れやかな笑顔に、黒羽の心臓が柄にもなくどきりとはねたのは、今はまだ、秘密の話だ。 黒羽のおかげで試験開始にも間に合い、3時間目の試験も無事に終了した。 この日、学院での1日は午前中の試験のみで終了となる。生徒会の用事があるという黒羽とはそこで分かれて、荷物を取りにSクラスへ戻ると、立花と、その後ろの席の生徒がほがらかに雑談をしながら悠を待っていた。 「義堂おかえりー。試験、大丈夫だった?」 「んー、そうだね。まあ、なんとか?」 入学早々父のいたずら好きの父親に嵌められまして、なんて言えないし。あいまいに言葉を濁すと、それを試験の感触があまりよくなかったと捉えたのか、立花は心配そうな顔をしている。 登校日初日のこの学力調査は、長期休暇で緩んだ気持ちの引き締めと、新しい一年に向けて生徒たちに喝を入れるのが目的だ。 そのため、いつもなら30点の赤点は、35点に引き上げられている。加えて、全3科目で及第点を取れなければ、毎週月曜日に及第点をクリアするまで再試を受けなければならないのだ。 毎週再試があっては、進級してからいきなり、部活など自分の学生生活もままならなくなる。長期休暇では自由に帰省が認められている生徒たちだが、春休みはほとんどが寮に残って、学力試験に臨むのだそうだ。 だからか、立花はやはり心配そうな顔をしていたが、当の本人は楽観的だ。 一方、悠の失態を知らない立花の友人らしき生徒は、立花と悠の様子を不思議そうに見つめている。中性的な甘い顔立ちとうるうるとした瞳は、失礼だがなんというか……庇護欲をそそられる。 悠と比べて特別小柄というわけでもないのだが、守ってあげたくなるようなオーラがにじみ出ているのだ。 「ああ、えっとー、ごめん。名前なんていうの?」 その問いには答えず、ポケットからすかさずスマホを取り出したその生徒にのしぐさに、悠がなんとなく違和感を覚えたのと、立花が何か言おうとしてそれをその生徒が手で制したのとはほとんど同時だった。

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