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第4話
『篠宮匠 です。』
『生まれつき声が出せないから、いつもこうやって会話します』
「ああ、なるほど」
スマホのメモ画面に打ち出された文字を読んで、悠は得心した。ほんの一瞬、質問してるのにスマホ?と訝しんでしまった自分を恥じた。
「えっとごめん、気を悪くしたらごめんだけど、耳が聞こえないわけでは?」
篠宮の苦笑を見て、聞かずにはいられなかった自分にまた羞恥心が沸き起こる。
『よく言われるけど、声は聞こえてるから大丈夫』
『僕が話せないだけです』
「そかそか」
気が付いたら、悠は篠宮に手を伸ばして、その頭をぽんぽんと撫でていた。2人の様子をハラハラしながら見ていた立花も、文字を打ち出したスマホ画面を悠に向けている篠宮も、その突然の悠の行動にあっけにとられている。
「でもそれさあ、文字打っていちいち俺に画面向けるの、大変じゃない?Tatao Talkやってたら、ID交換しようよ」
悠の申し出に、どこか不安げだった篠宮の表情はぱあっと輝いて、コクコクとうなずいた。
はは、やっぱりなんだかかわいい。
今度はわしゃわしゃと、小さい子どもにやるように篠宮の頭を撫でてみる。
「それじゃあとりあえず匠と3人で、学食にでも行かない?お腹すいたし、その後学校や寮を案内するよ」
座ってゆっくりやったらいいよ、という立花の提案に乗り、3人で学食へ向かった。
ちょうどお昼時ではあったが、学食はそう混んでいなかった。今日は授業が午前中しかないし、力を入れている部活は今日から本格的な練習が始まるところもあるから、それぞれ寮や部室へ散っているのだろうと立花が言う。
各々好きなものを頼んで席に着くと、さっそく悠は篠宮、立花とTatao Talkを交換した。うんうんやはり、言葉を交わすときほどとはもちろんいかないが、篠宮とは立花とのグループトークを使って会話する方が、いくらかスムーズにできる。
「2人は、今日の試験はどうだったんだ?」
「んー、まあそれなりかな。初日の学力試験は、とりあえず及第点さえとっとけば内申にも響かないしね」
「お、そうなんだ。それはちょっと安心だ」
『僕も、大丈夫だと思う』
『というか、うちのクラスに赤点取るような人は、たぶんいないと思う』
隣に置いたスマホから、ピロンピロンと篠宮の打った文字が表示されるのを見ると、それもそうだな、と悠。
でも、義堂は今日が試験だって知らない様子だったじゃないか、と立花が尋ねると、
「うん、えっとな。忘れてた」
えへへ、なんてへらへらと笑いながら悠が言う。篠宮はただでさえクリクリとした目をまあるく見開いて、驚いて見せた。
声が出せないから自然といろいろな感情が顔に出るようになってしまったのだろうかと、篠宮を見ていると、悠はなんだか、微笑ましく思ってしまう。
「ヘラヘラすんな。Sクラスから落第者出るなんて前代未聞だぞ?クラスの恥だ」
ポカっと悠の後頭部を小突いて、現れたのは黒羽だ。
「お、生徒会の用事もう終わったん?」
「さらっと話変えんな」
まあまあいいじゃないか、と悠は空いている自分の隣の席を進める。
「……なんか、義堂って、いつもそんな感じなの?」
すごいよね、もう馴染んでるし、いつの間にかクロとも仲良くなってるし。と、立花は言うが、立花の言う“そんな感じ”が悠には本気でよくわかっていないらしかった。
「……まあな、門の前に突っ立ってたときは、挙動不審だった」
何も知らない立花と篠宮に、朝方校門の前で偶然にも黒羽に会い、職員室まで案内してもらったことを話す。
「はは。ほら、あのときは緊張してたから」
君の無表情な顔が怖かったんだよ、とは今さら言えない。
「でも今朝はありがとう、本当、助かったよ」
実は悠、無自覚だが周りが引くレベルの方向音痴なのである。
ピロンと音が鳴って、スマホにまた、篠宮の文字。
『この学校広いから、迷わなくてよかった』
『クロくんは、いつもやさしい』
それを見てうんうんと悠はうなずき、立花は微笑む。
「お前ら何やってんだ?」
ああ、これ?と自分のスマホをフリフリして見せた悠は、クロともTataoを交換して、3人のグループトークに加える。
「なるほど、これは便利だな」
話せない篠宮とも、みんながなるだけ自然に会話ができる。
なんで今まで思いつかなかったんだろうと、立花と黒羽は感心顔だ。
「最初からこうすればよかったんだな。気づかなくて悪かったよ、篠宮」
黒羽がそう言葉をかけると、篠宮は全力で首を横に振る。「首、取れる取れる、落ち着いて」と、笑いながら悠。
『全然気にしない、ありがとうクロくん』
『でも、こんなふうにみんなの中に入れてもらえるの、うれしい』
うん、やっぱ。と、悠は心の中で思う。本当に心から嬉しいのだろうな、というのが全部その笑顔に出ている。そして、やはり、撫で回したくなるほど、愛らしい。
『まあまあ、そう焦って打たないの』
『大丈夫、ゆっくりでいい。みんなちゃんと見てる』
『それよか飯をはよ食いなっせ、うどん伸びちゃうぞ』
悠がそんなことを打ち込んでいると、黒羽にすかさず、パコーンと頭をはたかれる。
「なんでお前まで打ってんだ」
篠宮が聞こえてること聞いてないのか?と、黒羽は呆れ顔だ。この数時間の関わりだが、悠に抜けたところがあるのを黒羽はしっかりと把握したらしい。
「んー?聞いた聞いた」
それでも能天気にへらへらしている悠とは、本当に対照的だ。
「まあでもほら、タイムラグあるから」
文章を打つのと言葉を話すのとでは、やはりどうしても、話す方のテンポが速くなる。言葉を話せない匠が一人だけ会話から取り残されないための、悠なりの配慮だった。
ログを遡ってみれば確かに、匠の打ったものの中に、悠の打った文章がチラホラ見受けられる。
「お前ってさあ……」
つぶやいた言葉は、篠宮との会話に夢中になっている悠の耳には届かない。代わりにそのつぶやきを受け取ったのは、にこにこと嬉しそうにしている篠宮をやさしく見つめる、立花だ。
「なんていうか、こういうのを天然人たらしっていうんだろうね」
普段から感情を表に出す習慣のない黒羽が、思わずこくりとうなずいていた。
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