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兆し
明け方の石庭に咲良はいた。
池の畔の大きな枝垂れ桜を見上げ、深い呼吸をする。
美しい葉を繁らせ、風にそよぐ枝。
「御神木さま、わたくしは贄姫の代役に過ぎませぬ。
なにゆえ界渡りをお許しになられたのですか……?」
問いかけても、さやさやと葉を鳴らすだけなのだが。
「………咲耶が本当の花嫁ですのに………。
これでは守弥さまのご婚儀が……」
風にそよぐ葉の音だけが石庭に響く。
答えが返らぬのは分かっている。
でも、何かしていなければ気がすまなくて、咲良は毎朝界渡りの風を起こしては弾かれて。
そして桜に問いかけているのだ。
咲良が暮らしていた宮の枝垂れ桜も、並々ならぬ神通力を宿していた。
双子のようにおなじ姿形、神通力を宿している御神木……。
「お願いにございます。
どうか彼方(あちら)の宮司さまとお繋ぎくださりませ」
応え(いらえ)が貰えぬまま、徒に時間が過ぎていく。
咲良が界渡りをしてきてから、一ヶ月が経っていた。
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