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第1話
自分の部屋からベランダに出て、置いていた簡素な円椅子に座る。
ベランダに出る前に引き出しから取り出しておいたタバコに100円ライターで火を着けて、エアコンの室外機に置いている空き缶を灰皿代わりに一服する。
タバコは軽めのもの。吸う場所は自分の部屋のベランダだけ。
理由は簡単。
俺はそこそこ優等生で、タバコの臭いをさせたりするのはNGだし、親にも知られてはいけない。部屋の中で吸えば臭いや壁紙が黄ばんでバレる。だからベランダに椅子を置いて風を浴びながらタバコを吸う。
退屈だ。
なにが、とは言えないが、朝起きて、学校へ行き、授業を受け、家へ帰る。
そんな、なにもない日常に退屈している。
ベランダから夕闇の町並みを見下ろしタバコをふかすと、ほんの少しだが気が紛れる気がする。そして、吸い込んで煙を吐き出す。この瞬間は、煙と一緒に汚いものも吐き出される気がして好きだ。
「ん?」
斜め向かいの家の明かりが、2階の1室だけ点いていて目についた。
そのまま気になってじっと見ていると部屋の中の人影が動いた。男がふたり。しかも、裸だ。
「うわ、マジかよ」
窓際で男が男を犯している。でも駅弁スタイルでヤってるため、犯されている男の顔が見えない。お陰でAVでも見ているような気分だ。首筋にまとわりつくように揺れる長めの襟足は明るい茶髪だ。
窓際からフェードアウトし、今度は立ちバック。窓ガラスに手をつく位近いから、犯されている男の顔もよく見えた。
そして、俺はその顔を見てハッとした。見覚えのある顔。クラスメイトの犬塚だ。
犬塚は茶髪の不良生徒だ。だらしない服装や頭髪に教師連中からも目をつけられている。
辺りが暗いから、向こうからこちらは見えないのだろう。見えていたら、そもそもそんなところでセックスなどおっぱじめないだろうが。
まるでスポットライトで照らされたようだ。ショーのように、クラスメイトと男のセックスは目立っていた。
目が離せない。犬塚の気持ち良さそうに赤く染まった頬と寄せられた眉間のシワは、信じられないくらい色っぽかった。
その顔を見ていると、ゾクリと腰から下がざわついた。
「嘘だろ……」
自分のムスコが勃ち上がり、部屋着のズボンの股間を押し上げている。
俺はそっと部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
ズボンとパンツを脱ぎ、股間を握り混む。すでに勃ち上がっているそれを上下に扱きあげながら、ついさっき見たばかりの犬塚の顔を思い出す。
「……ッ!」
水風船に針を指したような感覚と共に、白濁が先端から吐き出された。
俺は、クラスメイトの犬塚で抜いた。
手についた白濁とシーツに少しだけ溢れたそれをティッシュで拭い、ゴミ箱に捨てる。
ズボンを穿き、もう一度外を見ると、斜め向かいの家の明かりは消えていた。
翌日。いつものように通学すると犬塚はすでに登校していて、自分の席で顔を伏せて居眠りをしていた。
『コイツ、いつも朝早いよな……ヤンキーのクセに』
犬塚は俺の前の席だ。
自分の席に座ると強制的に犬塚が視界に入る。
犬塚は授業中、いつも窓の外ばかりを見ている。授業の邪魔はしないが、授業は聞いていないタイプだ。
窓の外を見るため顔を左に向けた犬塚の左首筋に赤い鬱血した痕が残っていた。
キスマークだ。昨日、付けられたものだろうか。
今日は一日中、犬塚を眺めて終わってしまった。
放課後、俺は犬塚の後をつけるように駅へ向かった。
改札口を通り、電車に乗り込む。乗る電車は同じだった。車両の奥へ進み、犬塚はピタリと歩くのをやめて俺の方へ振り向いた。
「黒崎、なんか俺に用?」
「別に……」
「嘘、ずっとこっち見てたじゃん。今も、ついてきてるし」
さすがに電車の中までつけてしまってはバレるだろう。気まずいが、昨日のことが知りたい好奇心の方が勝っている。
「……お前さ、昨日の放課後、彼方駅の3丁目にある、垣根がすごい家にいただろ」
「うん、いたよ。それが?」
「俺、あそこの近くに住んでてさ。見たんだよね」
犬塚は特に焦った様子もなく、口角を少し上げて笑って俺に近づいてきた。
「見たって……昨日、俺が男とシテたとこ?」
「ああ、そうだ」
あまりまじまじと見ることはなかったが、犬塚の顔はきれいだった。整った眉に奥二重。すっとした鼻筋にあまり濃くない唇の色。そして白い肌。だからこそ首筋のキスマークが目立つわけだが。
「覗き見……したんだ」
「見えたんだ。ベランダから」
覗き見なんて人聞きが悪い。見えた、と言い直したがどこか昨日の後ろめたさもあり、言い訳じみて聞こえる。
「へえ。それで?」
犬塚は笑っている。最初は俺が色々と聞き出してやろうというつもりでいたが、逆に尋問されている気分だ。じんわりと背中に汗が広がる気がした。
「それで、って?」
ふんわりと香る犬塚の匂い。
接近。
犬塚の柔らかな髪が俺の頬をくすぐる。
そして耳元で囁いてくる。
「同級生が男とセックスしてるの見て、興奮した?」
とっさに声が出なかった。
「俺で、抜いた?」
それをいいことに犬塚は好き放題言ってくる。
「ちょ、おい!」
「なんてね。あそこ、セフレんちなんだ。いつもはラブホなんだけどね。昨日は俺が制服着てたから」
「セフレ……お前、ゲイなん?」
「まあ、そう思ってくれていいよ」
「なんか、意外。犬塚から女っぽい感じとかしないし」
「別に俺は女になりたい訳じゃねぇよ」
「あ、いや……ほら、服装とかヤンキーっぽいし、ちょっと意外っつーか」
「人が寄り付かないようにしてるだけだからさ。学校で親しい人をわざわざ作りたくないんだ」
「俺は、いいのかよ」
「まあ、黒崎は仮面優等生タイプだから。わざわざ人のこと、悪く吹聴しないだろうしね」
バレている。なんだよ、こいつ。
「で? どうする?」
「なにが?」
「黒崎も、ヤる? 俺と」
犬塚は笑っている。
『次は彼方、彼方です。降り口は右側です』
電車内で俺の降りる駅を告げるアナウンスが鳴った。
俺は犬塚の手を取り、彼方駅で降りた。
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