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第2話

 犬塚は俺の最寄りの彼方駅のひとつ先の駅、未来駅が最寄り駅らしい。というのは、改札を出るときの定期券を見て知った。  駅を背に、真っ直ぐ歩くと俺の家だ。そこへ行き着くまでに高い垣根のある、犬塚のセフレが住んでいる家の前を通過した。  そこから斜め向かいの赤茶色の瓦屋根の家が俺の家だ。  中に入り、自分の部屋に犬塚を入れると犬塚は窓の外から見える斜め向かいの家を確認していた。 「へえ、本当に見たんだ。昨日」 「カマかけたとでも思ったのかよ」 「いや。どのくらい見えたのかと思って。この距離なら、結構しっかり見えたんだな」  犬塚は声を上げて笑った。この顔が、昨日のような顔になるのだと思うとまた腰から下が甘く波打つ。 「じゃあ、シャワー借りていい?」  俺は部屋の棚からバスタオルを引きずり出すと、犬塚に渡した。 「これタオル。あと、風呂場は階段降りてすぐの突き当たり左側のドアだから。右はトイレな」 「りょーかい」  犬塚は風呂場へ向かった。  いつも俺の親が帰ってくるのは深夜だが、この部屋に友人や女を連れ込んだことはない。犬塚がはじめてだ。しかも、目的はセックス。少し、緊張している。  俺はベランダにでて、タバコに火を着けた。いつもより深く吸い込んで静かに煙を吐き出すと、次第に冷静になる。  童貞じゃあるまいし、何を緊張することがあるのか。  相手が男だというだけで、たかがセックスだ。  だが、俺は落ち着きを取り戻していたことを忘れたように、慌ててスマホで『男同士 セックス やり方』と検索した。  知っていることは知っているのだが、男同士でのセックスなど未知の世界だ。調べておいて損はないだろう。  そして早くも俺は、必要なものが足りないことに気がついてしまった。 『くそ、ローションなんかないぞ……なんとかなるか?』  代用できるものを検索しようとしたが、そうしているうちに犬塚が部屋に戻ってきた。  短くなったタバコを空き缶に落とし部屋に戻る。  犬塚は腰にバスタオルを巻いているだけで、着ていた制服は腕にかけていた。 「お待たせ、黒崎もシャワー浴びてこいよ」  ここにきて引き下がれず「ああ」とだけ返事をして風呂場へ向かった。  手早くシャワーを浴びて体を拭く。  部屋着を着るか迷ったが、どうせ脱ぐだろうから部屋から持ってきていたボクサーパンツだけ穿いて肩にバスタオルをかけて部屋に戻る。  部屋のドアを開けると、ベッドに腰かけスマホを弄っていた犬塚がこちらに顔を向けて、俺の体を頭から爪先まで品定めするように見てきた。 「へえ、結構鍛えてんだ」 「別に、脂肪が付きにくいだけだ」 「あっそ。じゃあ……しよっか」  俺は、犬塚の横に腰を下ろした。  付き合ってからするセックスは経験がある。だが色々ある、セックスをするための過程をすっ飛ばしセックスだけをする、というのははじめてだ。どう進めばいいのか正直分からない。  そんな俺の戸惑いに気が付いたのか、犬塚は口角を上げて笑い、俺の頬に手を添えた。 「まずは、キスから……だろ?」  目を瞑った犬塚の顔が近くに来る。睫毛がそんなに長くもないがくるりとカールしていてかわいい。俺も目を閉じて犬塚に顔を寄せた。  ふに、ふに、という触れ合うだけのキスから、チュ、と吸い付くようなキス。  男の唇も、女の唇と同じだった。犬塚の唇は、ほんの少し下唇が薄くて、でも柔らかで、気持ちいい。  そして、深く互いを探るような舌を絡めるキスをした。 「黒崎のキス、苦いな」  口の端に少し垂れた唾液を親指の腹で拭いながら犬塚が言った。 「タバコ、吸うからかな……嫌だったか?」 「別に。俺のは?」 「なんか、甘い、気がする」 「アメ、舐めてたからかな? 嫌だった?」  犬塚が俺の口調を真似してそう言った。  そういえば、まともに犬塚と話をしたのは今日がはじめてだ。見た目で敬遠していたが、意外と話しやすい奴だ。  俺も犬塚の頭の後ろに手を回してキスをした。  犬塚の口の中に舌を入れると、犬塚は自分の口の中に潜り込んできた舌を舐めてくる。まるで飴でも舐めるように。  キスの最中、俺のいつの間にか硬くなっていた股間に犬塚の手が添えられた。 繋がっていた唇を離して犬塚に尋ねる。 「なんだよ」 「黒崎は男はじめてっぽかったからさ。黒崎が勃つか心配だったんた」  犬塚がベッドから降りて俺の勃ち上がったそれを、ボクサーパンツの上から咥えた。 「これだけ勃ってたら平気だな」  はむはむとものを食べるように動く犬塚の唇に、俺の股間はさらに硬くなり、先走りがパンツがジワリと染みを作った。  それを見たからか、犬塚は俺のパンツの腰ゴムに親指を引っかけると、そのまま陰茎だけを引き出すようにパンツをずらした。 「結構デカいな、黒崎の」  犬塚の人差し指が俺の湿った先端をくるくると円を描くように刺激してくる。 「犬塚もタオル取れよ」  犬塚は立ち上がって腰にきれいに巻いていたバスタオルを床に落とした。薄い体毛の間からきれいな形の犬塚のそれが勃ち上がっていた。 「お前も、勃ってんじゃん」 「そりゃ、キスしたら勃つよ」  犬塚がまたベッドに腰かけ、俺の首に腕を回した。 「黒崎のキス、気持ちよかったから」  また深くキスをした。舌を絡めながらそのまま、犬塚に引きずり込まれるようにベッドに横になり、キスを続けた。

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