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「君はもっと知るべきだ、」
あれから数時間。
今、俺は自分の部屋ではなく同じクラスの、木下 歩 の部屋に避難している。
時間はもう明け方。日付はとっくに変わっていて、窓を見れば明るくなっている。
「なぁ、中沢、もう戻れよ」
「……」
ここは、幸いと言うべきか……日付が変わった今日は休日で学校は休みだ。一睡もしていない俺と木下。
俺はあまりのショックな出来事で寝れないにたいして木下は趣味である漫画をずっと読んでいる。しかもスポーツバトル系とか恋愛系とか冒険系とか、そういう普通のではなく、男と男が恋して愛してって感じの漫画。
ホモ漫画だ。ぼーいずらぶ、だっけ?
ある意味、恋愛系の漫画だから俺が思う例え題は合ってるか……。
木下は腐男子ってやつらしい。だけど現実じゃノーマル。普通に女の子を恋愛対象として見て、男は対象外。ただし目の保養として“見る側”ならいけるらしい。
なんつーか、この学校で同じ学年の中で唯一のノーマル仲間というべきか。
「俺を追い出さないでくれ……」
「なんだっけ?あの王子様が今日から――あー、昨夜から同室者になったんだっけか?」
「そー」
「嬉しい事じゃないか。爽やか松村とも一年以上ペアでさ、俺はあいつとお前なら美味しくいただけるよ」
まぁ松村には相手がいるけどな、HAHAHAHA!
なんて冗談に聞こえて意外と本気で言いながら笑う木下に俺はまた溜め息を吐く。
突然、男からされたキス。しかも俺のファーストキスを奪ったのは紛れもない王司 雅也。
ホモ相手ならきっと喜ばしいことなんだろうけど、俺は違うわけだからどっちかっていうと口の中を濯ぎたくなるっていう。……悲しさが強過ぎてまだ濯いでないんだけど。
「はぁ……マジでショック……。王司にキスされたとかもう俺の中で黒歴史だ……」
ショックというのは、やはりファーストキスが男だったっていうところだろう。しかも可愛らしくチュッ、じゃなくて、れろぉって感じだった。
耳にこびりついたか今でも覚えている変な音。こう、水がちゃぷちゃぷと跳ねたような音というか……。
「違うだろ、中沢と王司のよだれが混ざり合った音だろ」
「うわぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!なぜ言う!なぜ言葉にした!?つーかなんで考え事がバレてんだよ!」
「話の内容といい、そのグルグル変わる表情の流れを見ればわかるっつの。でもなぁ、まさかこういった世界が身近にいるとは、俺ってマジらっきー」
腕を組みながらニヤつく木下を殴りたい。
王司とキスをしたせいでわけがわからなくなり、俺はあのきっついガッチリホールドからどう抜け出したかは覚えていないものの、とにかく逃げ出して部屋を出た。
あの日、俺は平三を見届けた後ちゃんと鍵をかけたはずなんだ。それなのに寝落ちから覚めたあと、王司がいた。それは、その日から俺の同室相手になるからであって、きっと平三から鍵を受け取っていたんだろう。
だからあの部屋ににいたんだ。
どうして床で寝転がっていたのかは、不明だが。もちろん逃げ出したからといって部屋の前に立っててもしょうがない。というか恐怖心がまだ抜けていなくてどうしようかと思ったほどだ。
そうだ、平三の部屋に行こう!
なんて頭で思っていたが生憎、付き合ってる野郎の部屋がわからずすぐに断念。
平三の次に仲が良い奴なんて……と考えた時、一人部屋として暮らしている木下が頭の中に浮かんでここに来た。木下の趣味も考えもわかっていたし、平三の次に仲が良いはずだ、と弱い確信とともになぜだか思い出せる範囲で王司の話をしてて、今に至る。
漫画を読みながら相槌していたからちゃんと聞いてくれてるかどうかはわからなかったが――杞憂だったみたいだ。
「でも中沢、お前王司と接点あったんだな」
「んなもんねぇよ。俺があいつと喋ったのは昨日が初めてだったし、俺の名前を知ってたことにも驚いたぐらいだぞ……」
「あぁ……なるほどな」
そう言った木下の表情は眉間にシワを寄せてて困ったようなものだった。
「なにがだ?」
「はぁ……君はもっと知るべきだ、」
――なにもかもの事を。
読んでいた漫画を片付けながら話を進めるも、木下がなにを言いたいのかさっぱりわからん。知るべきだ、って……。
「知らなかった中沢からしたら、不法侵入してきた王司を見て警戒するべきだったんだよ」
「だから今こうやって――「違う、王司 雅也だって思った瞬間からだ」
「……」
んな無茶言ったって……俺そこまで反射神経よくねぇよ?
十回に一回ぐらいで避けれる俺にそんな判断出来るわけねぇだろ。
「お前が今なに思ってるのかだいたいわかったが、スルーする。いいか?王司 雅也は有名人。さらにもっぱらバリタチでも有名でうちの学校の可愛子ちゃん達が抱いて抱いてぇって言いまくってるんだぞ?」
「かわいこちゃん……ここ男子校……」
「この世界はそんなものだ」
そして木下はまた深い溜め息を吐いた。
「ど、どうしよう……」
「悩むなんて今さら過ぎるぞ」
バリタチとか、そういった言葉は知っている。この学校にいれば嫌でも知ってしまう言葉だ。もしかして俺はあの場から逃げず、ずっといたら掘られてたのか?……あ、いやそれはねぇな。
顔とか中の中だし(希望)、成績も学年で140位から150位の間をうろちょろ気味程度だし、周りがホモだらけといっても輝かしい顔したイケメン様さまで俺に目を付けるやつなんていない。
木下だって上の中ほどの顔面持ちだ。
こんな俺を抱こうだなんてうちの王子様は考えるわけねぇ。
「あ、なんか俺平気かも」
「……中沢、お前ほんっとーに呑気だな」
「失礼だな。大抵の空気なら慣れてるし傷だって付くはずがない」
「お前なに言ってんのー?」
本日何度目かの溜め息に木下も疲れてるみたいだ。
そりゃいきなりの俺登場に漫画も読みっぱなしだったから疲れるよな。台風みたいな去り方だが、ここで一旦お別れでもするか。
スクッと立ち上がり、時計を見ると7時を回っていた。
朝ご飯は学食で済ませるなり、設置されてる部屋のキッチンで作って済ませるのも出来るこの学校はやっぱり素晴らしいものだと思う。
「でも木下はいいよなぁ、一人部屋」
「だったらお前も特待生になったらいい」
どこか心配した顔で俺のボヤキに付き合ってくれる木下。
これからは木下を頼りに生きていこうかな……平三はラブラブ過ぎて近付くに行けない気がするし。
「まぁなんだ、気を付けろよ。別に中沢がホモになっても構わないが……」
「大丈夫だって、俺を抱くとかないないない」
じゃーなー、と早朝にもかかわらず廊下で大きな声を出す俺。
久々に朝ご飯は学食で済ませるか。
「中沢のフラグってやっぱやべぇよな」
木下のボヤキに付き合うほど俺も暇じゃないのだ。
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