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黒髪着崩し耳ピアスのお相手
「飯塚 友樹(いいづか ともき)先輩。三年の生徒会、会計をやってる人だ」
その、飯塚先輩という人の目を見ながらも口調は俺に説明してくれているのだろう。
それでも俺はこいつに殴られるような接点はひとつもないのだ。これは本当に、王司みたいに忘れていた接触などは――ない。
「……松村も、歩の親友か」
俺とは違い平三には静かに、だけどそっぽ向いた感じで話しかけている。
なにこの温度差……会長様の相手だからか?
会長様に守られてるからこの温度差なのか?
「そうですよ、と言ったら?というか、こいつも俺の親友なので、あまり乱暴は止してください」
「……」
平三の肩越しから飯塚先輩を窺ってると顔を下に向けてなにも言わなくなった。
さっきまでの威嚇はなんだったんだ。木下の親友じゃなかったら俺は殴られていたのか?
今だけあいつに感謝しとこ……俺達、親友でよかったわ。
そんな余計な考えをしていたら飯塚先輩は蚊の鳴く音のように『歩……』と呟いていたのがわかった。というより、口の動きを見て判断したといったほうが正しいな。
さっきから歩あゆむってなんなんだ……。
「……木下なら、今はいませんよ。どこにいるか全く」
「……そうか」
平気で嘘を吐いたのは、木下を守るためなのか?
確かにこんな不良に目を付けられたらボコられるどころじゃないかもしれないしな。俺も木下を守れる気がしないから、平三の行動は正しいと思う。
まぁ、いまだに俺は平三の背中から隠れたままで出てこれてないんだけどな。
「木下に用事なら伝えときますよ?」
「……」
「ないなら、いいんですが……」
木下がなにもしていないなら、それでいい――とでも言いたそうな顔。
今さらだが平三は顔が広いな。いろんな情報を持ち寄っては対応してる気がする。会長様か?
やっぱり会長様が原因なのか?
「……おい、チビ」
「……え、俺今後チビでいくんスか?」
そんな俺の言葉に固い壁を拳で痛そうな音を立てながら殴ったあと、
「歩にあんま近寄んな」
背筋も凍るような睨みで言ってきた。
「今日のメシは不味く感じる……」
「智志の運勢、今日は最悪なのかもな」
パサポソとメロンパンを食う俺におにぎりを買っていた平三。そして問題の木下はパンとおにぎり、両方を食べていた。
王司の食いっぷりを見ているせいでもあるが、この歳なら食べ盛りだからそんなには驚かないけどな。
「だけど木下、お前なにも知らねぇの?」
半日で疲れた俺の精神は明後日の方向を見て無心でパンを頬張るだけ。
もう今の俺にはなにか言う気力すりゃもないんだ。王司に見付かって、なにかされても抵抗なんてしないと思うぐらい、疲れ切ってる。
「んー、んー?飯塚ねぇ、良い顔してるよなぁ」
「木下、」
「わかってるっつの。中沢ごめんな、ちょっと調子乗った」
平三と木下は飯塚先輩についてなにやら話してるみたいだ。
何度も言うが、今の俺にはなんの気力もないわけで、飯塚先輩からは木下に近付くなという無理なお願いをされたわけで――めっちゃ物理的に近い願い方だったけど――謝られても反応出来ない。……俺ってば本当に、なにもないな。
「あ、中沢が食うの止めた」
「智志からしたら疲れる一日だもんな……一年の時もこんな感じだったわ。罪悪感しかない出来事だったなぁ」
「はいはい、そういう回想はいらねぇよ。過去系のカプなんていらねぇの!」
「――今回はほとんどお前が原因なんだからな」
平三の、低い声が、響いた。
比較的に真面目な平三を怒らすと怖いのかもしれない。木下にはその釘を打ったんだろう。
ボーッとしていた俺もその低い声が耳に届いてハッとして止めていたメロンパンもあと二口、三口で終わるところで一気に口に含めば、もう一度木下からの謝罪が聞こえてきた。
「おれ、おまえに近付くなって、ん、言われたわ」
もごもごとパンが入ったまま喋る。
「あぁ、気にすんな。それで被害出たら会長様に一発やってもらえばいいだろう」
さっきよりは一段と静かになった木下を見て、俺は思った。被害などは出ないだろう、と。
俺はお前の親友枠に入ってるから飯塚先輩は殴れないんだってよ。だから、被害とか、なぁ?
「つーかそれより心配事があるだろ?」
いつもの木下に戻ったような気がしながらも、平三と俺で首を傾げる。
「期末テストだ。上位に入り組んだら中沢は王司と一緒に寝るんだろ?」
「……あぁ――それな、」
疲れでなんとなく忘れかけていた記憶をどうしてこうもはやくに思い出させるかなー……。なんて、おにぎりを頬張る二人を見て“たまには米もいいよなぁ”と別の考えもしていた。
ま、今日はもういいか。
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