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日常で油断していたその先
「ンっ、ふふ、これだけでもイっちゃいそ……ッ」
「お前ってば本当に強者だな」
そう言って思いっ切り“王司の人差し指を噛む”
どうしてこうなったんだっけ?
なんて思わないし。
どうしてこうなった?
なんていう質問も受け付けない。
ただ、わかってほしいのは“王司 雅也”だからしかたがない、ということだ。
期末テストもいよいよ、って時。
相変わらず王司のスイッチは入ったままで、むしろ押し立て頃より今の方が何倍もやる気満々な王司を見れてるような気がして安心していた。
休日の今日は、部活も委員会もなにも入ってない俺からしたらなにもする事がないため暇潰し程度でプリンやらロールケーキやらと、お菓子作り。
作り過ぎなんてものはない。王司を始めに平三と木下にもやれば平らげてくれるからな。
あ、ちなみに飯塚先輩の件はあれ以来、普通に木下といてもなにかされるような気配も感じずに過ごしている。そもそも飯塚先輩とも会う機会がないから仕掛けられるものもないんだけど。
久々に送れる平和な時間に、珍しくもリビングで勉強を黙々とする王司。
俺から話しかけなければ王司の邪魔にはならないし、王司も王司でリビングの方が勉強が捗るならなにも言わないと決めている。
だが、菓子の匂いにつられて中断されるのも困るが……。
ロールケーキのスポンジを焼きながら中に入れる生クリームを混ぜていたら、オーブンとは別である電子レンジの上に置いてあったスマホが着信を告げる。
この音はメールだからすぐに反応はしなくてもいいんだが、生クリームもこんな感じか?なんて見つつ、受信されたメールを目に通した。
受信者は平三で、なんて鼻が利く奴なんだろうか……。
――なんか作ってくれ――
てめぇのためじゃないが、作ってるよ。
呆れつつ、出来次第持っていくから木下の部屋で待つよう返事を入れてまたお菓子作りに戻ろうと生クリームの入ったボールへ振り返ると、
「うっ、わ……!驚かせるなっ、王司……!」
真後ろに王司がいた。
「生クリーム?」
視線はさっきまで混ぜていた生クリームに向けていたが体は俺と向き合うような形。
勉強はどうしたんだ、なんて思いながらリビングのテーブルに広げていたノートを見ると、すでに閉じられてて隅に置かれていた。
「勉強は?」
「ある程度、大丈夫」
という事は今日の分は終わりってか?
せっかく静かだったのに王司が入ってくるといろいろめんどくさそうだなぁ。
まぁ、勉強なんてそこまでしなくても取れる満点野郎だからな……あれからちゃんと机と向き合ってペンを走らせていたんだから、会長様もどうかご心配なさらずに待っててくれよ。
スポンジが焼きあがったオーブンの音を聞きながら心の中でそう思い、俺はもう王司を無視して仕上げをしようと取り掛かる。が、どうしてだか王司がその場を退いてくれない。
いつもなら遠慮してキッチンの外側に行くくせに、今回ばかりは内側に立ちっぱなし。
手伝ってくれるような雰囲気もないし、ただただ邪魔なだけだ。
だから、固まってるであろうプリンを王司に勧めてこの場からいなくなってもらおうとしたが、それもダメみたいで、
「さとしくん、ゆび噛んで?」
なんて言ってきたんだ。
俺の反応はもちろん嫌な顔をしながら断った。
だけどそれだけでは王司 雅也という人物を躱す事など出来るわけがなく、何度も続く『断る』『お願い噛んで?』のやり取りに嫌気が差したと同時に諦めて、
「んー、気持ち良ィよ……そのままゴリゴリ噛んで、ね?」
俺は王司の指を噛まざるを得ない状況になったのだ。
なんの味もしない王司の人差し指を舐めて、歯を立ててもう一度舐めて、とバカらしいぐらいの事をしていたら途中でこいつは変な声をだし始めた。
感じているんだろう、と頭のどこかでわかりながらも奥歯を使って噛む。
「はっ、あぁ……ふンッ、つよ、くて……気持ち良い……」
「んぐッ!?ぉ、おい、バカーーッ」
「はぅ……さとし、くん……」
なんつー喘ぎ声だこいつ!
調子に乗ってきた王司はまたさらに中指を俺の口の中にぶち込んできて、使われてないもう片方の腕を腰に回してきた。
どか、とキッチンの台に体を押されてどこも掴むところがなかった俺の手はただ置いてバランスを保たせる。
俺より背が高い王司の顔を見上げながらの指噛みがなんだかイラついてきて目を逸らすが、人間の視界は180度まで見えるせいであまり変わらなかった。
強いて言うなら、直視か直視じゃないかぐらいで、視界の端に王司がぼんやり映るという意味の無さ。
「智志くん、さとしくん、んぁ……」
しつこい、
「ははっ、好きぃ……」
二本の指をそんなに動かされたら、
「血が出るほどっ、噛んでイイから、ね?」
「……ん」
――お前が望んでいるような噛み方が出来なくなるだろう?
「はぁはぁ、アッ……さと、しくん……?」
口に他人のものが入ってるせいだろうか、足が微かに震えててこのままじゃ立つのもやっとな状態になりそうだ。
そう判断した俺はずるずると腰にもたれていた収納スペースの壁にそって、王司と座り込む。
「……ちょっとは黙れ」
「さとしくん、智志くん、目……変わったねェ?」
嬉しそうに俺を覆い被さる王司の頬を抓りながら今度は俺の意思で王司の指を口に含み歯を、勢いよく立てて噛む。
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