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「逃げねぇから、安心しろって」

   時間は8時過ぎ。今から向かえばきっと実家から戻ってきた生徒達が多く、賑わっているだろう。  ここの寮であまり部屋で作るというのが、少ないらしいから。この間、聞いてびっくりした。俺の部屋がレアだったらしい。 「んー、食堂で食うか」  顔を洗いに行こうと洗面所に向かおうとする俺に王司は慌てたように俺の腕を掴んできた。 「ど、どうした」  さすがの俺も驚く。 「やっ、食堂は、やだ……今はまだ智志君と離れたくないんだけどっ」  そこで思い出すのは“喋りかけるな”という約束。  学校内ではもちろん、寮内でもなるべく近くに来るなと言ってあった。平三や木下より格が上であるこいつと俺が一緒にいたらあの二人より視線を浴びるだろ。  平三でさえ――俺はあまり気にしていなかったが――面倒なことがあったんだ。王司にはそこまで話していないが、食堂だって同じ。  一度も一緒に食堂で食べた事がない。  夏休みの間に一回だけあったが、あれはまだみんなが帰省中だったから食べれたわけで、食堂のばーさんが俺と王司が一緒にいてなにか言うことはないし。  だからあの時は、食べれた。  王司だってそれをわかっていて初デートだなんだって騒いでいたんだ。  けど、今回は違う。生徒会で学校に向かう機会があった王司は寮内で戻ってくる生徒達をちゃんと見ている。  きっと『おかえり』なんて何度も言ってきただろう。ここで今、食堂に向かえば俺と離れてご飯を食べなきゃいけない、と。  でもさすがの俺も覚悟ってわけじゃないが、気持ち的に出来ているものがあるから。そこまで器は小さくない。 「作るのが嫌だったら俺が作るよ?だからここで食べよ?」  シャツの袖を握りながら手首を掴む力も強くなる。  こいつの引き止め方がワンパターン過ぎてどんどん読めてくるな……。 「だから王司、落ち着けって」 「智志くん……」  俺も遠回し癖を直した方がいいのかもしれない。いや、王司のせっかち具合も直した方がいい気もするが……。  袖を握ってくる手を離して俺の手と絡める。今でも涙が出そうなその目に、ちゃんと俺だけが映るように、ジッと見つめる。 「王司、一緒に食うんだよ。離れて食べるわけねぇだろ?察しろ」  察しろだなんて、少し無茶な言い方だっただろうか。 「これからも食堂で食う時は一緒でもいいし、会長様達と食ってもいい。もちろん学食の方でもだ。学校がはじまれば一緒に行ってもいいし、帰ってもいい。挨拶はもちろん話しかけてもかまわない。王司が好きな時に絡んできてもいい。俺ももちろんそうする」  なるべく王司が割り込んでこないように、一気に伝える。  注目されてもいいから王司とは恋人みたいに過ごそう、と。 「さ、としくん……っ」 「王司、」  間抜けで綺麗な顔に、ぐっと前髪をわし掴みして顔を近付けさせる。 「逃げねぇから、安心しろって」  だからまずは、顔を洗え。  * お し ま い *  

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