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【少々番外編】ゆったり羞恥心

  『お、お願いだ……!今日は抜けれない用事があって、出来なくて……っ』  ――とか言ってたけどさ、 「全然抜けれそうな用事じゃねぇか」  片手に持ったホース。そこから伝わる微かな冷たさにホース(くち)を潰して花壇に咲いてる花へ水を撒き散らす。  大きくなければ小さくもない、中庭には最適なサイズの花々がある。  俺はさっき知ったことだが、美化委員とかがこういった水あげもするみたいで。でも俺は別に委員会に入ってるわけでも部活に入ってるわけでもない類だ。  だから興味なかったし美化委員の奴等が毎日健気に水あげしていたことも知らなかったわけなんだが、なぜだが今日はその美化委員である男に引き止められたのだ。  ちなみに言っとくが、俺とそいつは全く接点なんてなかった。初対面と言ってもいい。同じ学校で、同学年なだけの奴だ。  なのにそいつから話しかけてきたと思いきや冒頭のように言って押し付けてきた。  俺も俺で喋った事ないしコミュ障で黙る事しか出来なかったせいで、知らない間に頷いてたみたいでさ。  マジで最悪だ。こんな時に限って平三は部活だし、木下はホームルームが終わった直後に姿を消しやがった。  だからといって王司に縋るわけもなく、会長様なんて以ての外過ぎて、美化委員である男からホースにジョウロ、あとなんか肥料なんて物を持たされては『じゃあよろしく!』なんてふざけた事を言い放ち、俺の目の前から消えたっていう。  しかもその消えた美化委員の男は俺から15メートルほどの先の距離から、ここの制服を纏った男とどこかに行ったのが確認出来た。  まさかの遊びかよ。くそか。イケメンはくそしかいないのか。  内心ではこう思ってても外ではなにも言えないままだから、ちゃんとやるけどな。  俺が健気かよ。平三や木下相手だったら悪態付けたのに。王司だったらもっと出来たのに。  ――いや、そうするとまたあいつの思い通りのままになるから、あえて引き受けた方が俺としては思い通り展開がなくてスッキリするかもしれない。……会長様の頼みだったら素直に頷いていたけど。  あとここまでボロクソには言わない。単純に怖いからな。  まあ、文句ぐらい口にするだろうけど。  ここまでの内弁慶が完成すると俺、将来やってけるか心配になってきたなぁ……。  花に与える水の量や強弱加減を知らず、腰をおろして適当にホース口を潰しながら水あげをして自分の心配をする。  時に空を見上げると雲がゆっくり流れていて平和過ぎる放課後を一人で過ごしていると痛感した。  別に俺の放課後が刺激溢れる過ごし方を毎日しているわけではないが――王司 雅也が隣にいることで俺の中のなにかが刺激溢れる過ごし方へと変わるから。  慣れてないせいでもあるが、そういうことなのだ。あいつがいるだけで、こんなにも違う。 「智志君が水やりなんて、珍しいじゃないか」 「うわ……っ!まさ、……や」 「……あ」  突然、現れた王司にビビって、しゃがんだまま握っていたホースごと体を向けると結構な近くにいたみたいで、王司に水をかけてしまった。  上半身は王子様スマイルだっつーのに、下半身は俺がかけてしまった水のせいで、王子様とは程遠いものになってしまった。 「雅也が驚かせたのが悪いんだぞ……」 「それは、謝る」 「その謝罪は受け入れる。……が、俺はこの誤りにたいしてなにも言わないからな?」  実際は悪いことしたな、と思ってる。  だってこの王司 雅也に漏らしたような濡れ方をさせたわけで。……これじゃいくらなんでも歩くのが恥ずかしいだろうに。  んー……学校から寮までわずか五分の徒歩。  不自然に見られないようにするには、鞄を前に持って歩くとかか?  ――あのバリタチ王子様が勃起してんのかな!――って噂されなければいいけど。 「ふふっ、」 「……」  心配してやってるにもかかわらず、王司はなぜだか嬉しそうに微笑んでいる。  濡れた箇所をおさえるわけでなく、口元をおさえてるから、嫌な予感がした。  どんなに接してても王司の、この、ゾッとするような笑みは慣れないんだ。  そしてあとから思い出すように頭の中の俺が暴れ出す。  いつもはインプットされてるはずなのに。今みたいなアクシデントが起きると“それ”がポロッ、と抜け落ちて一瞬、忘れる。 「なんだよ……お前なんでそこで笑ってんの……」 「んー、殴られて痛みを感じるのももちろんいいんだけど、」  やっぱり王司 雅也は―― 「こんな形で羞恥心を得るのもいいなァ、って思った」 「……あー、そ」  ドMなんだ、と。そこで忘れていた一瞬を思い出させてくれる。 【ゆったり羞恥心*END】  

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