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第78話

「しかし、こんな田舎街に旅行とは、若いのに君達も物好きだね。まぁ、自然も多いし景色だけは誇れるけどね」  苦笑いを浮かべるマスターに、アンバーはかぶりを振る。 「静かで景色は綺麗だし、みんなあたたかくて優しくて、素敵な街ですよ。ここを選んで良かったと思ってます」 「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。ところで今夜はどこに泊まるのか決めてるのかい? もしまだなら紹介するよ。見ての通りの田舎だし旅行者は珍しいからね、宿も少ないんだ」 「いえ……実は僕達、この街に来たのは旅行じゃないんです。ここで暮らしたいと思っていて……」  この店に入った時から旅行者だと思い込まれてしまっていた事もあって、ずっと言い出すタイミングを逃していた。それに二人共まだ10代なので下手に言ってしまうと、受け入れてもらえないような気がしていた。  案の定、マスターは「ほう……」と小さく零し、目を丸くした。  ここで家出人扱いされて、警察に引き渡されでもしたら……という不安もあった。でも、小さな街だ。きっとよそ者が街に来たという噂は、あっと言う間に広がるはずだ。ずっと暮らしていくには正直に話しておいた方が良いと、アンバーは判断した。  色々思案して、思い切って切り出した話だったが、マスターから返ってきた言葉は予想外のものだった。 「そうなんだね……。じゃあ、住む所を探さないといけないね」  思わず驚いた表情を浮かべるアンバーに、マスターは目配せをするように視線を向け、小さく微笑んだ。 「色々事情がありそうだけど詮索はしないよ。それに二人は番になったんだろう? なら早いとこ安心して暮らせる場所をつくらないとね」  マスターの言葉は意外なものだったけれど、アンバーの胸の中にあたたかく広がっていく。 「……はい」  イーストシストにいた頃は感じることのなかった他人の暖かさが身に染みる。  ノースシストは噂で聞く範囲の事しか知らなかったが、そのどれもが多分間違っている。  この街の人達は、素朴で暖かい。  きっとここでなら、アンジュと二人平穏に幸せに暮らしていく事ができると、アンバーはこの時強く思った。 「本当に……この街に来て良かったです」  そう言ってアンバーが隣へ視線を移すと、アンジュは目を細めて美しい微笑みで応える。  そうしてカウンターの下で手を握り合う。  ──この街で暮らそう。二人が同時に決意した瞬間だった。 「おっ、お前らこの街で暮らすの? なら、俺が部屋紹介してやろうか?」  さっきまで他の客達と冗談を言い合っていたマックスが、いつの間にか席に戻ってきていた。  その申し出は有難いが、アンバーは即座に断ってしまう。 「ありがとうございます。でもさっき向こうのテーブルで不動産屋を教えてもらったから、まずはそこに行ってみます」

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