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第4話

        ***   新幹線で京都駅に着いたのは三時半頃。  スーツ姿の周平と夏着物の佐和紀。それから色を抜いた髪のままジャケットを着用している石垣と、関西方面を担当している大滝組の構成員・谷山(たにやま)。四人揃って改札を抜けた。  周平よりも二歳年上の谷山もスーツ姿だ。極道特有の目つきの鋭さが隠せない上に体格もいい。三人の前を歩くと、それだけで人の溢れているエントランスが格段に歩きやすくなる。   大きな荷物は前もってホテルへ送ってあるので、手荷物はない。佐和紀は高い吹き抜けの天井を見上げた。羅城門をイメージして作られた駅舎は、古都と言われる町の玄関口としては現代的で無機質なモダンさだ。口が開いていると石垣に指摘され、慌てて口を閉じる。新幹線の中で弁当を食べ、富士山に興奮した後、すっかり眠りこけていた頭の中はまだぼんやりとしていた。 「あぁ、あれが迎えでしょう。真柴(ましば)です」  谷山がドスの利いた低い声で周平に向かって言う。  肩幅の広いブラックスーツの男が一人、こちらに気づいて深く一礼したところだった。 「遠路ご足労いただきまして、ありがとうございます」  駆け寄ってきた男は周平の前でまた深く頭をさげ、機敏に身を起こした。  保険の勧誘セールスでも食べていけそうな、相手に警戒心を与えない礼儀正しさがある。  きりっとした顔の造りは際立って男前というわけではないが、弱々しくない柔和さが滲み出ていて、客の出迎えにはぴったりの人材だ。 「桜河会の真柴と申します。谷山さん、先日はありがとうございました」  関西の組とのやりとりを受け持っている谷山はすでに顔見知りなのだろう。 「役に立てたのなら、こちらとしても何よりです」  町の喫茶店で見かけるような、営業マン同士のトークを眺めていた佐和紀は、 「妻の佐和紀と、その世話係の石垣だ」  突然、周平から紹介されて、 「佐和紀です」  条件反射で会釈する。 「石垣です。よろしくお願いします」  世話係で片付くほど末端の構成員じゃない石垣だが、佐和紀の半歩後ろで頭をさげた。 「もし京都で困ったことがありましたら、どうぞ遠慮なく私までおっしゃってください。奥様のお食事でもお買い物でも。手配させていただきます」  周平に名刺を差し出して、真柴は流れるような関西のイントネーションで穏やかに言った。めったに聞くことのない関西訛りに聞き入っていた佐和紀は、名刺を石垣に渡す周平と目が合った。さりげなく目配せされて、睨み返す。  視線に、どこか好色な気配を感じたからだ。 「では移動しましょうか。車を用意していますので、どうぞ」  真柴が谷山と歩き出す。その後を周平と佐和紀が並んで歩き、しんがりには石垣がつく。  今日はホテルにチェックインするだけで、周平にも用事は入っていない。 「関西の言葉が珍しいのか」 「昔、知り合いにいたんだけど。ちょっと違う」 「大阪と京都でも違うし、大阪も北と南ではニュアンスが違うからな」  かすかに指と指が触れ合い、佐和紀は思わず指を伸ばした。 「部屋まで待てよ」  周平の指が、ぎゅっと佐和紀の手を握って離れる。ささやかれてそっぽを向いた。  着物姿の自分を珍しそうに見る視線が関東よりも格段に少ないことに気づく。ここでは和服姿の生活も珍しくない証拠だ。   地下の駐車場に停まっていた大型セダン二台の片方に石垣と乗って、佐和紀はホテルへ向かう道すがらを眺めた。コンクリートの建物が味気なく立ち並び、電線がごちゃごちゃと宙に交錯しながら伸びていた。期待したほど古い町並みでもない。  ホテルの車寄せで真柴に見送られ、チェックインは石垣が済ませる。佐和紀と周平は高層階の広い部屋で、石垣と谷山は別の階のシングルルームだ。 「あの男、お世辞も言わなかったな」  部屋には送っておいた荷物が届いていた。荷解きする前に、抱き寄せられる。佐和紀が想像していた京都の景色が広がっている窓辺から、無理やりに引き剥がされた。 「おまえが女に見えていたりしてな」 「まさか」  笑った佐和紀は、キスされて目を伏せる。 「ちょっと待てよ、周平」  話しかけようとしたくちびるの間に舌先が滑り込み、身を任せそうになって我に返った。 「帯に触るな。そんな必要ないだろ」 「窮屈だろうと思う旦那の親切心だ」  周平が笑う。わかっているはずの男を睨んで、佐和紀は腕の中から逃げた。 「嘘をつけよ。絶対、違う意味だ」 「違う意味って、どういう意味だよ」  逃げる腕を掴まえられ、引き寄せられる。抵抗しても、帯は簡単にほどかれた。 「キスしないか。佐和紀」  それだけで済めば、そうしたい。でも、絽の着物を床に落とされ、夏物の涼しい襦袢だけになると、キスから先を期待してしまう自分自身の理性に自信がなかった。 「……通りを見物しに行くって言っただろ」  一時間後に、谷山と石垣が迎えにくる。四人で散歩がてら食事をしに行くことになっていた。 「一時間あるだろ」  あごを掴んでくる周平の手首を握りしめた。まぶたが条件反射で閉じてしまう。 「……部屋の中も一通り、見ようと思ったのに」 「一週間もある。嫌ってほど見慣れるから、心配するな」  舌先でくちびるを舐められた。 「ダメだって……」 「そうだな。わかってる」  言いながら周平はキスをやめない。音を立てて何度もキスされながら、一歩ずつ後ずさった佐和紀の足がベッドに触れた。 「こうしよう、佐和紀。まずはベッドの寝心地を確かめればいい。そうだろ?」 「死ねよ。ふざけるな」  目を閉じたまま悪態をついて、佐和紀は腕を伸ばした。周平の首にしがみつく。  くちびるが深く重なり、力強い腕に支えられて、ゆっくりとベッドに押し倒される。 「……んっ」  膝で佐和紀の足を左右に割りながら、周平がスーツの上着を脱ぎ、ネクタイをはずした。  ずり上がろうとした佐和紀は、襦袢を押さえられていて身動きが取れない。紐を自分でほどいた。薄衣から腕を抜く。  膝立ちでベルトをはずしていた周平に睨まれた。 「逃げるな」 「だってさ。……石垣はあれでも、谷山は」  周平はスラックスを脱いで、そのまま下着もずらす。  目の前に見せつけられ、裸の佐和紀は抱えた膝に顔を伏せた。 「勃ってるし、おまえ……」  当たり前だとわかっているのに、つぶやいてしまう。半勃ちでもかなりの存在感だ。 「谷山にヤッた顔を見られるのが嫌か」  足首からそっと伝いあがる指先で腕を握られる。顔が近づいてくる気配に黙って従った。 「この部屋、なんでこんなに広いの?」  性急じゃないキスをされてのけぞりながら佐和紀は聞いた。  欲情を煽られると本能的に拒んでしまう身体も、柔らかな愛撫のような口づけには勝てない。うなじを指で撫でられながら膝を促されて、素直に脚を伸ばした。 「ジュニアスイートだからだろうな」  シャツを脱ぎながら周平が答える。二台並んだセミダブルベッドの向こうはチェストで区切られたリビングスペースだ。黒を基調としたシックなソファーセットが置かれている。 「ふぅん。スイートって……」  「甘いって意味じゃない」  首筋に顔を埋めた周平が笑うと、息がかかってくすぐったくなる。  佐和紀は身をよじった。ベッドの上を這って逃げる身体から下着が剥がれる。  そのまま全裸で床に下りようとした腰を引き戻された。周平が可笑しそうに声を立てて笑う。 「あんまりかわいいことしてると犯すぞ」  背中から抱かれ、佐和紀はくちびるを尖らせた。 「夜まで待てよ」 「得意じゃないな」 「ん……得意じゃ、なくても……しろよ」 「おまえこそ、相手してくれよ。あんまりグダグダ言ってると、いつもみたいに押し切るからな」 「本当に、死ね……」

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