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8月 part 2-2

「月城、ちょっと」 俺はオーナーに呼ばれて、従業員用の控え室に入る。オーナーはドアを閉めると、声を潜めて言った。 「月城、今日の藤沢という客だが。 …あいつは出禁だ。もう二度と、このバーには入れない。もし次に来店したら、すぐ俺に知らせろ。俺が追い返す」 『出禁』。つまり、店側が「他の人の迷惑になる」「店の利益を著しく損なう」などと判断された人物に対し、入店を拒否・禁止することだ。 藤沢さんが出禁? 「え、どうしてですか?」 俺の問いかけに、オーナーは苦い顔で答える。 「おまえの創作カクテルは、クランベリーの色が映える、朱色のカクテルだろ。なのに、僅かだが紫色に変色していた。 あれは、たぶん睡眠薬を入れたんだ。 厚労省の指導で、最近の睡眠薬、特に、ロヒプノールやサイレースといった薬剤には、『青色1号』という着色料が含まれていてな。おそらく一錠を4分の1、いや8分の1ほどに細かく割って混入したんだろう。ほとんど気づかれないほどの、僅かな変色だが…それでも、アルコールと薬の相乗効果で、人を昏睡状態に陥らせる可能性がある。 さっき櫻宮に説教した後、話を聞いたんだが。そいつは、髪の毛に何かついていると言って、女性の気をそらし、何かをカクテルに入れたそうだ。それが、睡眠薬だったんだろう。 悪いな、月城。あの藤沢とかいう客が、おまえの馴染みだってのは知ってるんだが。 ここはバーだ。口説くだの痴話喧嘩だの別れ話だのは、日常茶飯事。不倫の片棒を担ぐことだってある。 だが、犯罪は別だ。強姦に手を貸すつもりはねえ。これは俺のポリシーだ。だから悪いが…おい、月城、まだ話は終わってねえ…おいっ!」 俺は、オーナーの言葉を背中で聞きながら、部屋のドアを開け、走り出していた。 …七星、あの馬鹿!!

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