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10月 part 3-4
「小学校4年生の頃、僕の世界の音が、徐々に小さくなっていきました。人の声がよく聞き取れなくなって、先生や親の口の動きばかりみるようになりました。
集中して聞こうとしていて、別の呼びかけに気づかず、答えられずに無視してしまうことが増えました。
親になんて説明していいか分からなくて、そんな状態が何ヶ月も続いて。
結局、聴力が低下しているんだって分かって、補聴器をつけることになりました。補聴器をつけはじめて三ヶ月、ようやく慣れてきたころに思ったのは、こんなに世界には音が溢れていたんだという再発見。そして、やっぱり僕は普通じゃなかったんだ、という落胆でした。
中学生になり、憧れのバスケ部に入りました。でも、着替えのために部室に入ると、吐き戻してしまうんです。原因は、三年生の先輩が使う、制汗スプレーの香りでした。複数の先輩方が、違う香りの制汗スプレーを使っていたので、香りが混ざり合ってしまって。それが、僕には耐えられなかったんです。
耐えかねて先輩に訴えると、生意気だと言われ、無視されるようになりました。だから、2ヶ月で辞めざるをえなくなりました。
…ああ、すみません、もうやめましょう、この話。きりがないですよね。暗くなっちゃいますし」
七星は、少し無理したような笑顔を向ける。そして、下を向いて、ぽつりと呟いた。
「…僕は、ただ普通でいたかった。クラスメイトと同じ気持ちで生きていたかった。ただそれだけだったのに。
僕はみんなと同じになれない。何かが欠けた人間なんだ、欠陥人間なんだと、そう思って生きてきました」
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