55 / 121

10月 part 3-5

俺は七星を見つめる。黙って見つめることしかできない。 言葉なんて、何も出てこなかった。 俺は、こいつの天才的な嗅覚と味覚が羨ましいと、ずっと思っていた。凡人の自分と比較して、絶望すら感じた。 …だけど、七星も、違う面で、辛さや生きづらさを抱えていたんだな。 七星は、窓の外を眺めながら、語り続ける。 「僕には、ふたりの恩人がいます。 ひとりは、西麻布の山本さん。欠陥人間だと思っていた僕の、才能を見出してくれた。何も知らなかった僕に、カクテルの基本を丁寧に教えてくれた。そして、このカクテルの世界に引き入れてくれた。本当に、感謝しています。 そして、もうひとりは…拓叶さん、あなたです」 「俺?」 あまりに予想外の言葉に、七星の顔を見る。と、七星は俺に笑顔を向けた。 「実は、拓叶さんのことは、前から知ってました。エリートカクテルコンペ関東大会の優勝者。なのに、いつも努力を惜しまない、すごい人。 そんな尊敬していた拓叶さんが、僕のことをライバルだって言ってくれた。こんな僕を、ですよ?嬉しくて嬉しくて、仕方なかったんです。 きっと僕は…拓叶さんが、僕をライバルだって言ってくれたあの日から、…拓叶さんのことを、好きになっていたんです」 「え?」 驚いて聞き返した俺に、七星はまっすぐ俺の目を見て言う。 「僕は、拓叶さんのことが好きです」

ともだちにシェアしよう!