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1月 part2-4

そう、これで良かったんだ。 真っ暗なマンションの自室で、ベッドに潜りこみ、自己対話を繰り返す。 独立開業には、常にリスクがつきまとう。 独立開業するということは、経営者になる、ということだ。 先の見通しが立たない恐怖と戦いながら、全ての決断を自分自身で行わなくてはならない。そして、決断の結果を、全て自分で引き受けなければならない。 お客様の為に、おいしいカクテルを作ることは、もちろん大切だ。だけど、経営者として一番大切なのは、それじゃない。 経営者として一番大切なこと、それは、責任をとることだ。 責任をとるとは、背負うことだ。 自分の人生、来店してくださったお客様の満足度。仕入れ先の業者や、融資を受ける銀行や公的機関… 取捨選択も含めて、全てを自分ひとりで背負わなくてはならない。自由の代償は、あまりにも大きい。 …背負ってしまった以上、泣き言は許されない。自分の決断が、何かトラブルを招いたとしたら、その結果に対して、相手が納得するまで対応し続けるしかない。 さらに、もしも従業員を雇うなら、その人の人生まで背負うことになる。…俺に、その覚悟はあるのか。 仕事だって、今までのように、カクテルやお客様の事だけ考えてるわけにはいかない。 経営戦略、宣伝、売り上げの管理、お酒などの買いつけ、お店の維持管理、各種申請や税金などの手続き…細々とした雑務まで、すべて自分でやらなけばならない。 さらに、日本の制度は基本的に、サラリーマンに有利にできている。年金や医療保険といった社会保障制度だって、雇われていた方が手厚い。 国の保険制度の原資となる保険料は、サラリーマンの場合、会社が半分負担してくれている。しかし、これが自営業者となると、保険料は全額自己負担となってしまう。 守られてきた恩恵を捨てる必要が、どこにある。 お金の話は、切っても切り離せない。 売り上げが立たなければ、当然、自分の給料に影響が出る。今までのように、働いていれば、当たり前に給料が振り込まれる生活ではないのだ。 さらに、うまくいかなくなって、閉店することになったとしても、人生は続く。住居費、光熱費、生活費、税金…支出は待ってはくれない。生きていかなくちゃいけないんだから。なのに、再就職は年を重ねるごとに難しくなるだろう。 借金をしていた場合、最悪、自己破産だってありうる。 だから、これで良かったんだ。…これでいいんだ。 …だから、だからさ神様、もう眠らせてくれ。 もう、何も考えたくないんだ。

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