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第1話 幼馴染で雪まろび
「降ったねえ、雪」
「ああ、降ったなあ」
拓斗の部屋は暖かい。
南向きの窓、小さなこたつ。部屋の隅に灯油ストーブ。
古い平屋建ての拓斗の家は、隙間風が入ってくるのだが、寒がりの拓斗は窓に隙間風防止シートを張り、ドアに毛布を貼り付け、床に暖房シートを敷き、などなど。ありとあらゆる防寒対策を施し。
わりと暑がりな俺は、この部屋ではセーターを着ていられない。
こたつからもそもそと這い出し、黒いセーターを脱ぐ。下に来ているシャツ一枚でも汗をかきそうなほど暖かい。
拓斗はその栗色の髪とよく似あう茶色のパーカーを着たままこたつに腕までつっこみ、ぬくぬくしている。
「よく暑くないなあ」
「春樹が暑がりなんだよ」
「筋肉のおかげで代謝がいいんだよ」
「どうせ僕はふにゃふにゃですよ」
幸せそうにこたつに寄りかかる拓斗が言う。
ふにゃふにゃ、などと言うわりに、身長は175センチはあるし、細身なのに力は俺より強い。
俺は身長だって伸び悩んで170センチにあと少しで手が届かない。野球部で毎日鍛えているのに形無しだ。
……いや、「毎日」ではなく「ほぼ毎日」だ。 今日だって積雪予報が出た瞬間に休みが決まった。おかげで俺は拓斗の部屋で、ごろごろさせてもらっているのだが。
「ねえ、寒いねえ」
「ええ? これ以上暑くされたら俺は外にでるぞ」
「そうじゃなくて」
拓斗は自分の隣に座布団を置いて、ぽんぽんと叩く。それはもう、弾けるような笑顔で。
俺はこの笑顔に逆らえない。
拓斗の頭を膝に抱いて、俺は俵万智の歌を思い出した。
『「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいる暖かさ』
歌人という人は、まったくいいことを言う。
しかし、拓斗が「寒いね」と言ったところで、俺は「暑いよ」と答えたいんだ、ごめん、万智さん。
「拓斗、そろそろいいか? 暑くて倒れそうなんだが」
「やだ! まだ膝枕して!!」
俺たちは、産まれたときからの幼馴染みで、高校一年の今まで、ずっと一緒にいた。それが当たり前だったんだけど。 つい二週間前、俺たちは、いわゆる「恋人」という関係になった。それ以来、拓斗の甘えっぷりはものすごく、俺は振り回されっぱなしだ。
嫌なら突っぱねれば良さそうなものだが、俺は拓斗の笑顔に弱い。
にっこりと笑顔を向けられただけで、俺は躾の行き届いた犬のように、拓斗のお願いを聞くしかなくなる。
「腕が水虫になるんじゃないか?」
「やめてよ、水虫とか言うの。春樹のお父さんじゃあるまいし」
「ああ……。まあな。うちのとーちゃんは……って、お前、かなり容赦ないよな」
「そんなことないよ? 春樹が水虫になっても、僕は春樹が好きだよ」
「うん……。それは嬉しいんだけど、そろそろ水虫から離れようか」
「うん。わかった」
にこっと笑って拓斗はうなずく。ここ最近、拓斗の機嫌はすこぶるいい。
近年まれに見る上機嫌だ。
拓斗の頭を撫でてやりながら、俺も知らずニコニコしていた。
そうやって二人でニコニコとこたつでごろごろしていると、突然、拓斗が叫んだ。
「うわあ!!」
「なに?」
「外見て!」
一面、真っ白だった。いつの間にか、雪は降りやんでいた。
「行こう!!」
「え? 外に!? 寒いぞ」
「大丈夫!! しっかり着込めば!!」
拓斗はがばっと起き上がると、コートを着て、靴下を二枚履き、耳当てをつけ、手袋をはめた。
俺もこたつから出て、セーターとダウンジャケットを身に付ける。
「行こう!!」
もう一度言って拓斗は駆け出す。
窓の外、まだ誰も踏んでいない真っ白な雪を見て、俺の心も沸き立って、拓斗のあとを追って走る。
見上げると、雪雲はどこかへ去って、真っ青な空に太陽が輝いていた。
ばすん!!
顔一面に冷たさが襲ってきた。
雪を顔から振り落とすと、拓斗が次の雪だまを投げたところだった。
俺は雪だまを手で受けてしゃがみこみ、野球ボールくらいの大きさの雪だまを作って投げる。
ナイスボール! 小さくガッツポーズする。
拓斗の雪だまはなかなか当たらず、俺の雪だまはばしばし拓斗を襲う。野球部の面目躍如だ。
俺たちは、雪を蹴たてながら一しきり駆け回り、庭はたちまち足跡で埋め尽くされた。
「あーあ。雪、なくなっちゃったね」
「まだ、木の上に残ってるぞ」
「あんなちょっぴりじゃ、雪合戦は無理だね」
そう言いつつも、拓斗はその少量の雪をかき集め、丸く握る。南天の葉で耳を、実で目をつける。可愛らしい雪うさぎだ。
俺も窓の桟や塀の上の雪を丸めて小さな雪だるまを作る。むき出しの手に雪解け水が染みて、じんじんと痛みだした。
「そろそろ戻ろうか」
「うん、そうだね」
拓斗は雪うさぎと雪だるまを手にのせて玄関に向かう。
「どうするんだ、それ?」
「冷凍保存」
拓斗はにっこりと言う。なるほど、それは楽しそうだ。
玄関の戸と冷凍庫のドアを開けてやる。拓斗は両手に抱えた雪の固まりたちを、そっと冷凍庫に入れて、静かにドアを閉じた。
拓斗の部屋に戻りジャケットを脱いでいると、俺の手が真っ赤になっている事に気づいた。
「うわ。そのままにしてたら、霜焼けになっちゃうよ」
拓斗が俺の手をタオルで拭いて、息を吹きかけ温めてくれる。じんじんと痒みを帯びていた指から、だんだん赤みがとれていく。
「ありがとう。もうだいぶいいみたいだ」
「まだだめ」
拓斗は俺の指を一本ずつ口に含むと、丁寧に舐めあげる。ぞくり、と寒さとは違うものが俺の背を駆け抜ける。
指を舐め終わった拓斗の口は、俺の手の甲にうつる。
「た、拓斗、その、くすぐったいんだけど……」
「くすぐったい?」
「すごく」
「気持ちいい、の間違いでしょ。ね、暑くなったね」
拓斗は笑顔で俺のセーターを脱がす。俺はされるがままだ。
拓斗の手が俺の顎にかかり、軽く上向かせる。唇をあわせるだけのキス。
俺は拓斗の背中に手を回す。拓斗の腕が俺を抱き締め、唇が首に落ちる。
びくり、と体が跳ねる。
拓斗は俺の額にコツンと額をあわせ、「しよ」と囁く。
俺は恥ずかしさに下を向きながら、うなずく。
拓斗の手が俺のシャツにかかり、上手に脱がせていく。
俺も拓斗のパーカーに手をかけるがどこかぎこちなく、拓斗が俺にキスを降らせながら、自分で全部脱いでしまった。少し寂しい。
拓斗がベッドに腰かける。俺は拓斗の膝にまたがる。俺の喉を舐めながら、拓斗の手は俺の背を撫でる。
俺は拓斗の耳を、髪を撫でる。拓斗は嬉しそうに目を細める。
拓斗の弱点を、俺はまだ見つけられずにいる。
身体中どこをくすぐっても、舐めあげても、拓斗は嬉しそうに微笑むだけで、くすくったがりも、ましてや喘ぐことなんかない。
正直、くやしい。
拓斗が俺のことを知っているくらい、俺も拓斗の深いところまで知りたい。
「あ……ん」
拓斗の唇が胸におとされ、俺は鼻にかかった甘えた声を出す。拓斗の手は執拗に俺の背中をくすぐり、俺の身体はびくびくと跳ねつづける。
俺の身体をベッドに横たえようとする拓斗の腕を押さえる。
「春樹?」
きっと俺の顔は真っ赤になっていただろう。
俺は拓斗の膝から滑り下りると、その膝の間に身体を押し込み、拓斗のものを口にふくんだ。
「――っ!!」
拓斗のものが一際大きく膨れ上がる。口の中いっぱいに拓斗があふれそうだ。
だけど俺は、それから先、どうしたらいいのかわからなくて、拓斗の顔を見上げる。拓斗は泣き笑いみたいな顔で俺を見る。
「そのまま、口をすぼめて上下に動いて」
俺は言われた通りに顔を動かす。
「ぁあ……」
拓斗が低い嘆声を吐き出す。初めて聞く、拓斗の喘ぎ声。俺は嬉しくなって、頭を振る速度をあげる。
「は……ぁ、まだ、待って……。もっとゆっくり」
言われた通りに速度を落とす。
「舌で……、裏のすじをたどって……、ぅっ、そう、気持ちいいよ」
俺は拓斗が喜んでくれるのが嬉しくて、一生懸命、舌を動かす。あちらこちらと舐めていると、拓斗の弱いところがわかってきた。そこを重点的に攻めながら、先の方、小さな穴をちろちろと舐める。
「うっ!!」
突然、口の中の拓斗が跳ね、根本が膨らみ、その膨らみが先端へかけ上がってきた。
ぬめりとしたものが口いっぱいに広がる。
「!!」
二度、三度、その波は続き、俺の口の中はぬめる液体でいっぱいになった。
拓斗の先端をちゅるりと吸って液体をすべてすすり取る。
「……ぁぁ」
拓斗が溜め息のような声をあげる。俺は舌の上で液体を転がす。
苦いような生臭いような感じもするが、だがそれよりもずっと、その液体は甘かった。
「不味いでしょ?吐き出して」
拓斗がティッシュの箱を差し出してくれたが、俺は首を横に振って、こくり、こくりと飲み下す。
喉を、幸せが下っていった。
拓斗を見上げると、やっぱり泣き笑いみたいな顔をしていた。
俺を抱き上げ、膝に座らせると、拓斗は激しく俺の口を吸った。唇を押し開き、舌が侵入してくる。
歯列をなぞられ、俺はうっとりと目を閉じる。
優しく背を撫でられ、舌を吸われ俺の動きが止まってしまう。拓斗のなすがままだ。
俺だって拓斗に触れたい。気持ちを込めてぎゅっと抱きつく。
拓斗は俺の身体をベッドに押し倒す。
俺は手を伸ばし、拓斗のものを握る。動きを止めた拓斗をやわやわと追い上げる。
少し考えていた拓斗は、俺の頭をまたぐようにして俺のものを口に含む。俺も拓斗を口に含む。
ぢゅくぢゅくと音をたて、互いをむさぼりあう。
拓斗のものには先ほどの雫の味が残っている。甘い。俺はうっとりする。
拓斗が俺の丸いものを揉み、引っ張る。腰が抜けそうになる。俺も真似してみる。拓斗の腰がぴくりと動く。
それに気をよくして、俺は拓斗の裏側に舌を這わそうとしたが、
「!!」
拓斗の指が俺の中に入ってきた。そこを抉られる。
「ひあっ!!」
甲高い声がでる。思わず拓斗のものを口から離してしまう。
拓斗は、ぐりぐりと俺の中にわけ入ってくる。二本、三本。
前はあいかわらず舐められ、すすられ、歯をたてられる。
「ふぁ! あぁん!!」
俺はされるがまま喘ぎつづける。
拓斗は姿勢を変えると、俺の膝の裏をぺろりと舐める。
「やっ……! だめ!!」
「なんでだめなの? 気持ちよくない?」
拓斗が後ろで指を抜き差ししながら、俺に聞く。俺はもうぱんぱんにふくらんでいて、少しの刺激で達しそうだった。
拓斗に手を伸ばす。拓斗がその手をとり、指を絡める。
「拓斗、一緒に……」
拓斗がぐいっと俺の足を抱き込み、腰を抱き上げる。ゆるゆると、待っていたものが入ってきた。
ああ、満たされる。
これは俺のものだ。俺の身体の一部だ。
拓斗が俺に口づける。俺は精を吐く。
腹にぬるりとした感触。
拓斗もすぐに俺の中に注ぎ込む。それも俺のものだ。誰にもやらない、誰にも触らせない。
拓斗の頭を抱き締め、唇に噛みつく。頬を舐める。耳をくすぐる。
俺のものだ。
全部。
「春樹……」
その声もその吐息もその笑顔も何もかも。
「春樹……」
拓斗が笑顔で、俺にキスをくれた。
二人並んでこたつに入る。
小さなこたつ。並ぶにはかなり小さいが、俺たちは、自然に寄り添っていた。
「なあ、あの雪だるまたちは、いつまで取っておくんだ?」
こたつの中、拓斗の指に指をからめつつ、聞いてみる。
「そうだねえ」
こてん、とこたつに頭を乗せた拓斗の頬に、なんとなく口づける。
「来年の冬、初雪の日まで取っておこうか」
「初雪の日……」
「そう。僕にとって世界で一番大切な日だから」
俺は顔を背ける。きっと真っ赤になっているから。
拓斗は俺の手を引っ張る。
「ねえ、あの日言ったこと、もう一回聞かせて」
「もう何度も言っただろ」
「何度だって聞きたいんだ。ね? お願い」
ちらりと拓斗の顔を見る。拓斗は、にっこりと笑っている。
知ってる。
この笑顔に、俺は逆らえない。
でもこの笑顔だって俺のものだ。
「拓斗が好きだ」
「いつから?」
「ずっと、産まれたときから」
「それから?」
「俺はお前のものだよ」
「よくできました」
拓斗は、俺の頭を撫で、抱き締めてキスをくれる。
このキスも俺のもの。
俺たちは抱きしめあう。
お互いを貪るように。お互いを満たすように。
どれほど時間が過ぎても足りない。一生をかけて俺たちはわかちあうだろう。
死が、二人をわかつ、その時まで。
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