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第2話 幼馴染でクリスマス
拓斗の部屋でテスト勉強しながら、ふと思い出した。
「拓斗、今年もクリスマス会やるから、うち来いって。かあちゃんが張り切ってる」
「やった。おばさんのラザニアが食べられる」
我が家は昔から、めでたい時にはラザニアが出る。
かあちゃんの得意料理だ。
ミートソースもベシャメルソースもパスタも手作りする。
クリスマスも誕生日も年末年始もラザニアが出る。
年越しそばのかわりにラザニア。かあちゃん曰く、
「太く広く生きましょう!!」
だそうだ。
「細く長く」のそばとどちらが良い生き方かはわからないが、かあちゃんの生き方はかなりふてぶてしいのではないかと思う。
ただ、おせちとラザニアはあまりあわない、ということはさすがにふてぶてしい母ちゃんでも気づいているらしく、
「もっと和風なものにしたほうがいいかしら」
と今年の正月に悩んでいたが、ばあちゃんの
「あら、私、孝子ちゃんのラザニア大好きよ」
という鶴の一声で、継続されることになった。
「プレゼント交換もするの?」
「ああ。冬人が楽しみにしてるからな」
「僕も楽しみ!!」
プレゼントは500円以内。小学三年生の冬人の小遣いで買える範囲の値段設定。
大したものは買えないが、みんなでプレゼントをぐるぐる交換していくのはやけに楽しいものだ。
「どんなものにしようかな」
拓斗はうきうきとした表情で、ノートに向かう。
休憩おわり。
遠くのクリスマスより明日の数学。俺もノートと格闘することにする。
期末試験は、まあまあの結果だった。
と、言っても赤点がなかったというだけで、平均点以上だったのは化学だけ。かあちゃんに深いため息をつかれた。
拓斗はいつも学年トップレベルだ。今回は三位だ。
「まあまあだった」
とは拓斗の言。俺の「まあまあ」とはレベルが違う。
二人並んで竹林の中の道を帰る。
竹が北風を防いでくれて少しは暖かいので、冬の間はいつもの田んぼ道から遠回りして、こちらを通る。
少しでも早く帰るか、少しでも暖かく帰るか。
どちらもあまり変わらないような気がする。
「ねえ、春樹」
拓斗が可愛らしく小首をかしげる。身長は俺より高いのに、なぜか可愛らしい。
「なんだ?」
「テストの成績が良かったごほうびちょうだい」
「ああ、いいけど。何がほしいんだ?」
「キスしてほしい」
俺はピタリと足を止める。かあっと顔に血が集まる。
「いいけど……」
「ほんと? やった」
拓斗は俺の肩を抱く。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょい!! 今!? ここで!?」
「今。ここで」
拓斗はにっこり笑うと目を閉じた。
くそう。
俺がその笑顔に逆らえないこと、絶対、拓斗は気づいてる!
そうは思っても、どうしようもないんだ。拓斗の笑顔は俺の細胞の隅々まで行き渡って俺に命令するんだ。
『拓斗の笑顔を消させるな』
って。
俺は周囲をぐるりと見渡す。人影はない。俺は首を伸ばし、拓斗の唇に……
「きゃあ!!」
突然の人声。
ばっと振りかえる。
竹が群生した斜面の上、紺色のコートが見えた。うちの高校の制服だ。隠れて俺たちを尾行する女子生徒なんて、一人しかいない。
「金子!! 隠れてないで出てこい!!」
竹の間から、そうっと金子が顔を出す。
「ますたー、ごきげんよう」
「ごきげんようじゃねぇ!下りてこい!!」
金子は斜面をひょいひょいと飛び下りてくる。忍者か!?
「お前、いつからつけてきてたんだ」
「学校からです」
「学校からあ!?」
「春樹、ほんとに気づいてなかったんだ」
俺は振り返ろうとしたが、拓斗が俺を背中から抱き締めていて、身動きがとれない。だが、常には見せない冷たい表情をしていることは、その声でわかった。
「こういうわけだから金子さん、もう春樹に近づかないでくれる?」
「いくら拓斗ちゃまの頼みでも、それは聞けません!!」
「ちゃま?」
「私は拓斗ちゃまとますたーの幸せのため、尽力する所存ですから!!」
「僕たちの幸せ?それはなに?」
「お二人がラブいちゃすることです!!」
「ふうん。それってこういうこと?」
拓斗は俺の身体をくるりと振り返らせると、俺を抱き締め、キスをした。
「!!!!!!」
「!!!!!!」
口を塞がれた俺と、自分の口を塞いだ金子が、声にならない同じ叫びをあげる。
拓斗は俺の唇を割り、歯列をなぞる。
俺は必死で歯を食い縛り抵抗する。拓斗の身体を引き剥がそうと手をばたつかせる。
「もえ〜……」
金子の熱に浮かされたような声が聞こえる。
拓斗がやっと俺を離してくれた。俺はあわてて金子を見やる。金子は頬を赤く染め、夢見るような瞳で俺たちを見ていた。
「あ、ほんとに春樹に恋してるわけじゃないんだ」
「あたりまえだろ!」
拓斗の恐ろしい発言に抗議する。
「じゃあ、金子さんはなんでいつも僕たちを尾行するの?」
「いつも!?」
「ほんとに気づいてなかったんだ。のんきだね」
「私は……」
金子がぽぅっとした声で答える。
「私はますたーと拓斗ちゃまのラブいちゃが見れたら、それが幸せなんですぅ」
拓斗がぽんと手を叩く。
「金子さんはBL好きの人?」
「はい! 大好きです!」
「じゃあ、こういうことしたら、嬉しいんだ?」
そういうと拓斗は俺の背中に負い被さり、俺の身体をまさぐり始めた。
「ふおお!!」
金子が甲高い雄叫びをあげる。
「こういうこととか?」
肩越しに俺の頬にキスをする。
「うぇあ!!」
「や、やめて! 拓斗!!」
「そうだね。サービスはこのくらいにしようかな」
拓斗がやっと手を離してくれて、俺は乱れた衣服を整えた。
「ご、ごちそうさばでず」
金子が鼻をつまんで言う。
「金子さん?鼻、どうしたの?」
「ぢょっど……鼻ぢが」
「鼻血がでるくらい満足してくれたなら、もう後を尾けてくるの、やめてくれる?」
金子は心底悲しそうな顔をした。俺が思わず助け船を出してしまうほどに。
「あの……、学校でなら、少しくらい……」
「ホントですか、ますたー!!」
「春樹は甘いなあ」
拓斗はため息をつく。
「ありがとうございます!拓斗ちゃま!!」
「ちゃまはやめてね」
そんなこんなで、金子は俺たちのオブザーバーになると張り切って、手を振って帰っていった。
「なんだよ、オブザーバーって……」
「まあ、とにかく味方ってことじゃない?」
拓斗は俺の手を握ると指を絡める。
俺は距離を空けようとそーっと下がる。
「なんで逃げるの」
拓斗はぐいっと俺の腕を引く。
「だって……」
俺は顔をあげられない。
「だって、なに?」
拓斗は俺の顔をのぞきこむ。
「誰かに見られたら、……恥ずかしい……」
俺は拓斗の胸に抱き締められた。暖かい。この暖かさに免じて、今はラブいちゃしてもいいかな。
なんて気分になった。
「あれ? クリスマス会は明日じゃないんだっけ?」
「そう明後日。25日。毎年そうだろ?」
「学校に行っていないと、日付感覚なくなるよね」
「そうかもな」
俺たちは、プレゼント交換用のブツを求めて商店街に来てみた。
来てみたはいいけれど、寂れかけたこの商店街でプレゼントを探すのは難しい。しかも500円だ。
「あ、僕ここにするね」
拓斗が足を止めたのは、荒物屋の前だった。
ほうきやらタライやら七輪やらが店頭に並んでいるような店だ。
「あぁ、……うん。実用重視だな」
「そ。じゃあ、15分後にケーキ屋の前ね」
「おー」
さて困った。
プレゼントに良さげなもの、どこにあるだろうか。
おもちゃ屋か百均か花屋か……。
「おもちゃかな」
冬人もいることだし、、500円でも何かはあるだろう。
と、思っていたのだが、おもちゃは存外、高かった。500円で買えるものはゲームカードくらいだ。
がっかりして店を出ようとした時、特価のワゴンに気づいた。
覗いてみると、薄汚れたぬいぐるみや埃をかぶったゲームソフトなどがごちゃっと積まれている。一応、中を引っ掻き回していると、それに気がついた。
丸いガラスが台座にくっつけてあって、ガラスの中に人形が入っていて、揺らすと雪が舞う代物。値段は税込500円。ばっちりだ。
それをプレゼント用にリボンをかけてもらって、待ち合わせ場所に向かった。
なぜ待ち合わせがケーキ屋の前かと言うと、明後日のケーキの予約を頼まれたからだ。
拓斗は先についていて、ケーキの箱を持っている。
「予約しといたよ、イチゴの。一番大きいやつ」
「ああ、ありがとう。それより、その箱は? 明後日もケーキなのに今日も食うのか?」
「いやなの?」
「超うれしい」
チーズケーキ。俺の好物。拓斗はやっぱりわかってる。
拓斗の部屋のこたつに入って、拓斗が淹れてくれた紅茶を飲んで、隣に拓斗がいて。
完璧だ。
完璧なティータイムを過ごし、俺が割り勘にしようと言うと、
「ケーキは僕からのプレゼントね」
と拓斗はさらりという。
「え……俺、何も準備してない」
「大丈夫。僕が欲しいものは目の前にあるから」
拓斗が俺の肩に手を回し、引き寄せる。こつんと額をあわせる。
「君がほしい」
唇に軽く触れるキス。拓斗の手が俺の頬をはさむ。俺はそれだけで身震いしてしまう。
拓斗の舌が入ってくると、どことなくチーズケーキの味がするような気がした。その場で拓斗に押し倒される。
「え、ここで?」
「もう我慢できないから」
拓斗は俺の服を剥ぎ取ると、俺のものを口に含んだ。
「んっ!」
すこし冷えた指で、後ろをほぐされる。拓斗はほんとうに性急に俺の腰をつかむと、中に入ってきた。むりやりこじ開けられる感触に、俺の息が止まる。
そこへ雪崩のようにやってくる快感。
「ひあぁ!」
悲鳴に似た声が出る。拓斗が口づけでその声をふさぐ。
ぐちゅぐちゅと響く水音。その音が体のすみずみへ、快感と共に広がっていく。
拓斗の手が俺の頭を抱き込む。拓斗の胸に、俺は押し付けられる。暑すぎる部屋に、ひやりとする拓斗の体。心地よくて、拓斗の体に手を這わす。背中を撫で、肩を撫で、喉を撫でる。
びくり、と拓斗の体が跳ねる。
首?
俺はなんども拓斗の首をさする。ぴくぴくと反応がかえってくる。俺は嬉しくなって、しつこく喉を撫でつづけた。
拓斗が唇を離して俺を見下ろす。
ぞくり、とした。
冷ややかな視線。
「そんないたずらすると、お仕置きだよ」
俺のものの根元を、拓斗が握りこむ。
「や、いやぁ……」
首を絞められたように苦しい。拓斗は腰の動きを激しくする。
出したい。だけど、出せない。
後ろから与えられる刺激は泣きそうなほど激しく、俺を追い上げる。けれど拓斗に堰きとめられ、俺のものは出すことを許されず、びくびくと痙攣する。
「やっ! 拓斗、拓斗お」
「なに? どうしたの?」
拓斗は意地悪に笑う。笑顔なのに、俺は恐れを感じて泣きそうになる。
「もう、だめぇ……」
「なにがだめなの?」
にやにやと俺を見おろす。
「だめ、もう、つらい……」
「どうしてほしいのか、言ってごらん」
俺は腕で自分の顔を覆う。拓斗は片手で俺の腕をはずさせる。逃げられない。
「……イカせて」
拓斗の手が俺から離れる。いきなりやってきた絶頂に、俺は叫びもあげられない。ただ、はあはあと荒い息をつき、拓斗に抱きつく。
「かわいい春樹。大好きだよ」
拓斗が俺の顔にキスを降らせる。俺はその刺激でまたむくむくと立ち上がる。拓斗の動きが激しくなって、中でも俺は感じさせられる。
「んやっ! あぁぁ! もう、もう……」
「ああ、もういこう。一緒に」
俺たちはその瞬間、抱き合って果てた。
拓斗と待ち合わせて、クリスマスケーキを取りに行く。
一番デカイいちごのケーキは、半端じゃないデカさだ。丸くない。40センチ四方の四角いケーキ。
「これが残らないんだもんなあ」
「やっぱり、人数が多いからね」
わが家は大家族だ。祖父母、両親に子供が四人。そこに拓斗が加わって大騒ぎになる。食卓はぎゅうぎゅうでラザニアとサラダはあっという間に平らげられ、ケーキは九等分したらかなり小さくなってしまう。
ケーキの上に乗っている砂糖菓子のサンタとチョコプレートは冬人と秋美が優先的に食べてしまう。お兄ちゃんにはいちごすら回ってこない。レディーファーストだ。客人といっても兄弟同然に育った拓斗もこの家では俺と同等の扱いだ。大人しく表面がまっ白ないちごケーキを食べている。
「中にはいちごが入ってるんだから、いいじゃない?」
「でもたまにはなあ。いちごが乗っかったところも食べてみたいよなあ」
「あんたは産まれてから四年はいちご乗っけを食べてたわよ」
母の言葉に姉の夏生がうなずく。
「秋美が二歳になるまでは一人占めだったわね。私はそれを横目で見て、悔しい思いをしていたものよ」
「そうね、お姉ちゃんがいちご乗っけ食べられたのは一番短い期間だったわね」
そんな話をしながら、レディーたちはいちごの乗ったケーキをもりもりと食べている。男の俺には未来永劫いちご乗っけは回ってこないらしい。
「誕生日に、買ってあげるよ」
拓斗がにっこり笑う。
「拓斗くん、私にも買って!!」
「拓斗、私にも献上しなさい」
「ぼくも拓斗にいちゃんのケーキ欲しい」
兄弟がわやわやと拓斗にたかる。
「秋美、わがまま言うな。夏生姉、逆に買ってやって下さい。冬人、俺が買ってやるから」
「えええー!! ずるいー!! 私も拓斗くんのケーキがいい!」
拓斗は、ははは、なんて笑って秋美の言葉をうまくかわしている。
「あんたたち、おじいちゃんがケーキ譲ってくれるってよ。誰が食べる?」
食卓は大騒ぎだ。子供たち三人でじゃんけん争奪戦が始まった。
「春樹はケーキいいの?」
「ああ、一昨日も食べさせてもらったしな。なんか、俺、もらってばっかだな。拓斗の誕生日には俺からも何かプレゼントするよ」
拓斗はにっこりと言う。
「僕の欲しいものは今も目の前にあるから。それでよろしく」
俺の顔はいちごみたいに真っ赤になっていたと思う。
「そうだなあ。やっぱりリボンをつけてプレゼントして欲しいかな」
「……冗談だよな?」
拓斗は心から嬉しそうに笑う。
「本気だよ。いつだって」
ああ、俺はその笑顔に逆らえない……。
ケーキを食べ終わったらお待ちかね、プレゼント交換だ。
かあちゃんが用意したどでかい布袋にそれぞれのプレゼントを入れて、くじ引き方式で袋に手を突っ込んで取り出す。
俺は子供の頃、自分でいれたプレゼントを自分で取り出し、ぎゃん泣きしたことがある。結局その時は、拓斗とプレゼントを代えてもらった。
「はい、冬人からね」
かあちゃんの采配で交換会が始まる。
冬人は秋美の、秋美はとうちゃんの、夏生姉はじいちゃんのプレゼントをそれぞれ引き当てた。かあちゃんがばあちゃんのプレゼントを引き当て、拓斗の順番が回ってきた。
出てきたのは俺が選んだおもちゃ。俺が引き当てたのは
「あ、それ僕のだ」
「荒物屋か」
拓斗のプレゼントの包みは手の平に乗るくらいの小ささで、どうやらタライではなかったらしい。
とうちゃんが冬人ののプレゼントを、じいちゃんがかあちゃんのプレゼントをそれぞれ引いて、交換会は終わり。
あとはワイワイ言いながらプレゼントを開けていく。
「わあ、チロルチョコがいっぱいだあ」
「ほう、冬人はペンとノートかあ。ありがとう」
「拓斗のは……なんじゃこりゃ」
包みから出てきたのは、ミニミニたわし……のストラップだった。
「えへへへ、かわいいでしょ。先月見つけて目星をつけておいたんだよ。さて、春樹は何を選んだのかな」
リボンをほどき、包装紙をはずすと、箱にも入らないまま、それは出てきた。
「……スノードーム」
「へえ、それ、そんな名前なのか」
「うん。ねえ、知ってた? 僕、この世で二番目に雪が好きなんだ」
「そりゃまたなんで?」
「この世で一番大切なものをもらったのが、いつも雪の日だからだよ」
「そうなんだ」
拓斗は満面の笑みでうなずく。
「だから、このスノードーム、すっごく嬉しい。大切にするね」
俺も笑顔でうなずく。
「この冬はどれくらい雪が降るだろうね」
「さあな。寒くなりそうだけどな」
「雪が降っても、晴れてても、一緒にいようね」
「ああ。そうだな」
「お兄ちゃんたち、なんのそうだん?」
突然、冬人が割り入って口をはさむ。俺はびくっと体を揺らす。
「雪が降ったら一緒に遊ぼうっていう相談」
「僕も遊ぶ!」
「私も遊ぶ!」
みんなでわいわいと雪遊びの約束を交わす。
きっとこれからも、雪が降るたびに、大事なものは増えていく。
拓斗のいるところに、幸せはきっとあるんだ。
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