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第3話 幼馴染で大晦日

「え。美夜子さん、大晦日なのに夜勤なのか」 「うん。お正月も病院で迎えるって」 「なんだか味気なさそうだな」 「そんなことないみたい。お正月の朝は、入院患者と一緒にお雑煮食べるらしいよ」 「アットホームな病院だなあ……」  だらだらと拓斗の部屋でこたつにあたりながら、冬休みの宿題を解いている。しょっちゅう手が止まり、だらだらと駄弁る。  拓斗の母、美夜子さんは看護士だ。  小さな町の病院だからか病床数が少ない。もちろん看護士もベッド数にあわせた人数しかいない。  そのため、盆暮れ正月、土日などの勤務はベテランの美夜子さんが当たることが多い。  たぶん、責任感の強い美夜子さんが進んで買ってでているんだろう。  そんなわけで、小さい頃、休みの日には拓斗が俺の家に泊まりに来ることが多かった。 「じゃあ、今年もうちで年越しするか?」 「いいよ、もう子供じゃないからね」 「……そうか」  小さい頃とは違うんだな、と思うとなんだか寂しい。いつまでも子供のままじゃいられないんだよなあ。 「お年玉ももらえなくなったしな」 「なに、それ」 「過ぎ行く時を惜しんでんの」 「そうだねえ。もう子供じゃないからね。子供じゃないからね」 「そこ、強調してくるな」 「うん。子供じゃないからさ、保護者がいなくても、夜更かしできるよね」 「……ああ! 泊まりに来いって言ってるのか!!」 「やっと通じた」  拓斗は小さくバンザイする。 「じゃ、一緒に年越しそば食うか」 「うん!」  はじけそうな笑顔で頷いた。  拓斗の家で年越しする、というと、かあちゃんは俺にラザニアを持たせた。どうあっても「太く広く」生きさせたいらしい。 「いいんじゃない? 突貫戦車みたいに生きれば」  とは拓斗の言だ。キャタピラごんごん言わせながらすすむ人生か。そう言われたら悪くない気がする。 「でも、年越しそばって憧れるんだよな」 「じゃあ、早い時間にラザニア食べちゃって、12時頃おそば食べようか」  いつも拓斗はナイスな提案をする。夜中にそばか。なんだか落語の世界のようだ。  かあちゃんが耐熱皿に入れてくれたラザニアをレンジで温める。 サラダは拓斗が作ってくれた。ゆで卵やらアボカドやらトマトやらが角切りになって、薄く切ったフランスパンの上に乗っている。 「なんちゃってブルスケッタです」 「へえー。そんな料理がありましたか」 「あるようですね。クックパッドで調べました」 「クックパッドって何?」  どうでもいい話題、いつでもいい会話。そのどうでもよさが、心地良い。いつでもいいから、今がいい。俺たちは飽きることなく喋りつづけた。 「紅白ってさ、なんで赤と白なんだろな。白黒のがわかりやすくないか?」 「ちょっとおめでたくない感じになるかもね、白黒だと」  美夜子さんの部屋にお邪魔して見ているテレビのなかでは、アイドルが派手な衣装で歌い踊っている。名前だけは知っているけど、顔を見たのは初めてだ。世の中には往々にしてそういうことがある。名前は知ってるのに顔は知らない女優、聞いた事あるけど実態が分からないテーマパーク、夢でだけ食べる事ができる料理。 みんなふわっとして優しくて、でも欲しくて手を伸ばしてもつかめないんだ。 「ニューイヤーカウントダウンって、年越しの瞬間、皆で飛ぶんだって」 「へえ。そりゃまたなんで?」 「年の初めに、地球にいなかったぞっていうことらしいよ」 「重力にあらがってみせるのか」 「そうだね。勝てやしないのにね」  拓斗がくすくす笑う。 「そんなことないさ。人類は月にもいったじゃないか」 「そうか。そうだね。ほんとにそうだね」  夢みるようなぽうっとした表情で、拓斗は窓を見上げる。 「本気で信じれば、僕たちは宇宙にだっていけるんだよね」  カーテンを引き忘れた窓の外、大きな月が俺たちを見ていた。 「もうおそば食べる?」  演歌の猛攻で眠たくなった目をこすりながら、拓斗が言う。  俺はあくびしながら答える。 「そうだな。眠気覚ましにちょうどいいかもな」  二人揃って台所に立つ。 「さむっ!! 寒いよお」  拓斗が俺の背中にくっつく。 「たしかに。早く火をつけた方がいいな」  鍋に水を入れコンロの火にかける。手をかざしてしばし暖をとる。 「美夜子さん、やっぱり台所にストーブ置いてくれないのか」 「うん。節電だって。そりゃ美夜子さんは寒さに強いからいいだろうけど」  拓斗がぶちぶちと文句を言う。ほっぺたをふくらませて。俺はその頬をつん、と突っついて、拓斗の手を俺のセーターの中に入れてやった。 「わあ。あったかいー。極楽ぅ」  拓斗は俺のセーターの中に頭も突っ込もうとする。 「のびる、のびる、伸びる!! やめて!」 「あはははは。冗談だよ」  冗談ではない。セーターのすそがちょびっと伸びてしまった。 「もういいから、そば茹でて」 「あ、もう沸いてるね」  蕎麦屋で買ってきた半生めんをほぐしながら鍋の中に落とす。ぐるりとかきまわすと、そばのいいにおいが台所に立ち上った。鍋をかきまぜる拓斗も火に当たって暖まったのか、顔に赤みがさしてきた。  どんぶりを探したが、中華そば用のものしか見つからない。 「そばはそばなんだから、大丈夫だよ」  シェフにこだわりはないらしいので、中華どんぶりを代用する。  蕎麦屋でかけそばにするか、ざるそばにするかと聞かれ、俺たちはなんとなくざるそばと答え、 ざるそば用のつゆをもらってきたのだが、よく考えると、かけそばの方があったかくて良かったのかもしれない。ざるそばは茹で上げたあと、水に取って冷まさなければならない。 「春樹、まかせた!」  そばをざるにあげて、拓斗はシンクから遠く逃げ出した。俺は仕方なくざるに水をジャンジャン流しながら、そばを洗う。なんとなくぬめっとしていた表面がしゃきっとしてきたところで水を切り、中華どんぶりに移す。つゆはお椀に注ぐ。 「……つけ麺」 「そうだね、ざるそばって、つけ麺だったね」  あほなことを言いながら俺たちはそばをすする。 「うまっ!」 「これは……おいしいね」 「蕎麦屋おそるべしだな」 「ほんとにね、今度はお店で食べよう」  今度というのが近々のことなのか、来年の大晦日のことなのかイマイチわからなかったが、俺は黙っていた。どちらでもいい。どちらもだったらもっといい。  体を温めるために、そば湯もたっぷり飲んだ。 「暖まったねえ」 「そうだな」 「ねえ、初詣今から行く?」 「んんんー。明日起きてからでいいんじゃないか?」 「あ、さては眠くなってるね?」 「あたり。もう寝ようぜ」 「ん。じゃ、先に部屋行ってて。片付けたら行くから」 「おー」  俺は半分寝ぼけた声で返事しながら拓斗の部屋へ行くと、こたつに首まで突っ込んで、眠ってしまった。  何やらひんやりした空気で目が覚めた。部屋は真っ暗で、こたつの赤い灯がこたつ布団から漏れ出ているだけだ。 俺はどうやら抱きあげられて拓斗のベッドに運ばれているところらしい。記憶しているのはそこまでで、そのまま、俺はまた眠りの中に落ちていった。 「んんんーーーー!!」  目覚めて、思いきり伸びをする。   「うんん?」  俺の隣で拓斗が唸る。  くるりと見渡すと、俺は拓斗のベッドに寝ていた。隣には拓斗。二人で毛布にくるまれていた。  拓斗が伸びをし、あくびする。 「はよ」 「おはよ」  拓斗が俺の鼻にちゅっとキスをする。 「ベッドに運んでくれたんだな。俺、こたつでも良かったのに」 「うん。ベッドに運んだのは下心があったからなんだけど」 「したごころお?」 「だけど、あんまりぐっすり寝てたから、起こすの可哀想だったからね、そのまま寝ちゃった」  そう言って拓斗は俺にキスの雨を降らす。 「ちょ、ちょっと。寝起きから?」 「あ、そうだ。忘れてた。あけましておめでとう」 「ああ。おめでとう」 「では、姫初め、いただきます」 「ええ? なにそれ」 「年の初めにすること」 「えええええ?」  拓斗のキスが唇に集中砲火する。熱いキスの合間に、拓斗の手が俺の服にかかる。俺はなんとなく抵抗してみたが、拓斗はあっさりと俺の手をどけてしまう。俺はしばし拓斗の好きに任せる事にした。  拓斗の手は俺の服を脱がせ終わると、俺をぎゅっと抱きしめ、キスを再開した。唇を噛みながら俺の頭を撫でる。髪に指をからませ、唇をむさぼる。拓斗の腰は俺に擦りつけられ、俺はもうすでに立ち上がっていた。唇は頬に移動し、べろりと舐め、耳朶を噛む。 「ぁあん……」  声が出る。拓斗は俺の首に手を這わせ、やさしく撫でる。喉から肩へのライン。俺の一番弱いところだ。唇と舌で鎖骨をなぞり、俺の背に腕を回し、ぎゅっと抱く。  俺は手を伸ばし、拓斗の髪に指をからませた。ふわふわ天パの栗色の髪にキスをする。  拓斗は俺の体をくるりと裏返すと、背中に唇を落としてきた。 「ん……ふっ……」  べろりと肩甲骨を舐められ、尻を揉まれる。 「あ……あ……、ぁん!」  胸をぎゅっと抱きしめられ、拓斗の硬いものを押し付けられる。 「ああ、春樹、春樹……」  拓斗の腰がぐいぐいと俺の腰をこする。その感触に、俺のものが大きさを増す。 「ひぃ……」  肩を噛まれる。その強い力に、俺は達しそうになる。ぶるぶると震える背中。 「まって、春樹。一緒にいこう」  拓斗は俺の腰を掴むと、ぐいっと分け入ってきた。俺は必死で唾を飲み込み耐える。  わざと焦らすようにゆっくりと拓斗が動く。俺は中から圧迫されて、すでに限界を超えている。先の方からぽたりぽたりと粘性の液体がこぼれていく。 「あ……、くと、たくとぉ……!」  食いしばった口から洩れでる名前。俺を地獄に落とす名前。俺を救ってくれる名前。ゆるされたくて、近づきたくて、俺は腰を高く振る。 「ぁあ、春樹……いこう、一緒に」 拓斗が俺の中ではぜる。俺もびくりびくりと震えながら吐き出す。 拓斗はそのまま、俺の中で暴れつづける。 じゅぐじゅぐと濁った水音が俺の耳をなぶる。 拓斗は俺の身体を横にして、俺の足を高く持ち上げ、突き立てる。 「ああぁ!!」 深くえぐられ、高い声がでる。 そのまま、突かれつづけ、俺は口を閉じることもできなくて、唾液をだらだらとシーツに垂れ流す。 拓斗は俺の顔に顔を近づけ、俺の唾液をすすり飲む。 唇を直接つけ、一滴も漏らさぬように。 俺は極限まで足を開かされて、息もできない。 だんだん頭がぼうっとしてくる。 ただ、拓斗が俺の中にいるということだけが理解できた。 俺は拓斗を逃がさないようぎゅっと力を込めた。 その瞬間、拓斗は爆発した。俺も精を自分の腹に吐き出した。 俺の足から手を離した拓斗は、俺の身体を抱き締める。 俺たちは、繋がったまま、一つになったまま、まどろんだ。 「おはよう」 「……はよ」 次に目を冷ましたときにも、拓斗は俺を抱き締め続けていた。身体のあちらこちらに飛んだ液体のせいで肌がべたつく。 「お風呂、入ろっか」 「おお、朝風呂か。正月って感じ」 「だね。姫初めの続き、お風呂でしよ」 まだするのか……、口をついて出そうになる言葉を、俺はぐっと飲み込む。 せっかくの二人きりの正月だ。拓斗の好きなようにさせてやるのもいいかも知れない。 「ふやけるくらい、しよ」 にっこりと笑う拓斗。 ふやけるくらい、ってなんだよ、意味わかんねーよ。 なんて言葉は、喉の奥に消えた。 ああ、拓斗の笑顔に俺は逆らえない。 今年の「初逆らえない」がすでに終わった。 今年は何回「逆らえない」と思うのだろう。 何回でもいい。 拓斗のお願いなら、なんだって聞いてやる。 決意と共に拓斗を胸に抱く。 「春樹……お風呂まで我慢できない?ここでする?」 ……なんか、拓斗のお願いは、極力聞かない方がいいのかもしれない、とちらりと思う。 「冗談だよ」 にっこりと笑う。その笑顔を信じよう。 ……今日だけは。

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