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第14話
この世界に散らばる様々な国に、男の王妃がいないわけではない。内乱を避けるために王妃は男だと決められている国が少数ではあるが存在していることも、宰相補佐であったシェリダンは当然知っている。別に否定も差別もしようとは思わない。しかし自分がその立場になるというなら話は別だった。
このオルシア大国において水晶の儀は絶対。しかしまだ同性婚が庶民には認められていない国で男の王妃など表立って文句を言うものはいないかもしれないが、それでも認められるかどうかは別だ。まして後宮に住まう側妃達は大半が外国の娘達だ。尚更男の王妃など認められるわけがない。毎日謗りや嘲りを受けることに、果たして自分は耐えられるのだろうかとシェリダンは思う。それ以前に、今目前に迫っている危機さえも乗り越えられる自信はない。線が細く、女のような顔をしていてもシェリダンは男。その男の身が同じ男に組み伏せられ、屈辱を強いられるなど耐えられない。
シェリダンは王を嫌ってはいない。むしろその類稀なる才能を惜しみなく発揮して国を導く姿に忠誠心さえも抱いている。しかしその彼にならば女のように扱われても平気かと訊かれればそれは否だ。男としてのプライドもある。
シェリダンは思考の渦に吞まれるがまま立ち上がった。常の冷静沈着な思考回路など、この異常事態には機能してくれない。〝嫌だ〟〝逃げなければ〟という思いに突き動かされふらふらと扉へ足を進める。扉の向こう側にはきっと衛兵がいるだろう、とか。よしんば逃げれたとしてどこに行くのだ、とか。先程の兄の様子からして馬鹿正直に家に帰れば連れ戻されることは必至で、ではどこに? とか。そんな簡単な事さえもシェリダンの脳内にはなかった。ただこの今から行われることを否応なしに悟らされる部屋から逃げたかった。女のように花の香を漂わせる身体を洗い流したかった。ひらひらと頼りない寝衣を脱ぎ捨てたかった。シェリダンは何も躊躇うことなく扉を開ける。幸いにも鍵は付いていないので簡単に扉は開いた。しかし開いた瞬間にカシャンッと硬質な音を立てて交差された槍がシェリダンの足を止める。扉の両脇に控えていたのはただの衛兵ではなく、白と金が美しい隊服を身に着けた国王直轄の近衛だった。当然そこらにいる衛兵などよりも格段に強く隙が無い。まして根っからの文人で武術の心得など全くないシェリダンがどうこう出来る相手ではなかった。
近衛は交差させた槍をそのままに視線をシェリダンに向ける。
「どうぞお戻りを。ここからお一人でお出になることは許されておりません」
さぁ、とシェリダンを促してくる近衛に首を振った。この場に留まりたくないのだ。しかしそんな無言の攻防も長くは続かなかった。
「そこで何をしている」
その声にピクリとシェリダンの肩が跳ねる。何度も聞いたことのある声で、今のシェリダンには恐怖しか与えない声だ。
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