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第7話

 汗だくで玄関から飛び込んで来た俺に、薫もさすがに驚いたのか目を丸くした。 「一体どうしたんだ?」 「園原の、ことで」  荒い息をつきながら、園原の名をようよう口にする。 「…あぁ、――気の毒だったが、おまえが気に病むことはないさ」 「え――」 「あれは、なるべくしてなったものだ」  平然と冷めたことを言う薫に俺は唖然とした。……どういうことだろう…園原とのこの温度差は……? 「やけに冷静…なんだな」 「冷静というか、むしろ遅かったくらいだと思うがな。おまえが…おまえたち風紀が、きちんと仕事をしていたからこそずっと(まぬが)れていただけで。あんな風に誰彼となくフェロモン振りまいてるΩが無事でいられると考える方がおかしいだろ。自衛を怠った(むく)いさ」  なんだ? この違和感は…?  なにかが食い違っている。  なにかがおかしい。――それは見過ごしてはならない決定的な、違い。  なのに俺の目は、大事なものがなにも見えていなかった。 「番じゃ…なかったのか…?」  信じられない気持ちで問う。  やけに息が苦しい。  全力疾走したせいだろうか。  汗が止まらない。 「ちがう。俺の番は、別の人間だ」 「べつの…」 「ずっと、我慢してきたんだ。――だが、ようやく手に入れられそうだ」 (園原以外の、べつの、相手…)  いきなりそんなことを言われてもぱっとは誰も思い浮かばない。  てっきり園原だと思っていたのだ。  薫は生徒会長だし、当然人気も高い。  女子にも男子にももてる。Ωどころか同じαにだって秋波を送られるような男だ。 (学園に、俺の知らないΩがいるのか…?)  それとも学園外だろうか。  親の付き合いでパーティーに出席することもある薫だ。  俺と違って一人息子だから、そういう社交の場への誘いも多い。 「碧、大丈夫か? ふらついてるぞ。……俺の部屋へ行こう」 「あ、あぁ…、すまん。なんか、やけに暑くて……脱水症状、起こしかけてるかもな」 「だな。でも――」  俺の肩を抱いて部屋へ(いざな)う薫が、小さく笑って俺の耳に息を吹き込むように囁いた。 「今からたっぷり飲ませてやるから、すぐに良くなるさ」  それはやけにねっとりと耳の管を伝って鼓膜を震わせ、――俺の体温をますます上昇させたのだった。  気の早い蝉が、ジィと一声啼いた。 END

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