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手紙
どんな小さな手掛かりでもいいから、トカプチの行方を教えて欲しい。それなのに藁をもすがる思いで夫のサクと一緒に町の広場に駆けつけた時には、もう半獣の姿はなかった。
「いないわ……一体何処へ」
「あっトカプチのお母さん、ここは危険だから避難してください!」
鞭をもった青年に注意された。その鞭には多量の血がこびりついていたので、ぞっとした。なんとも酷い事を……
「何故?」
「捕まえて拷問していた半獣めが、突然獰猛な狼に変身して暴れ出したんですよ。奴は危険な化け物ですよ」
「なんですって!それでその狼はどこに?」
「それが、さっきまで町中を威嚇しながら走り回っていたのですが、森に駆け込んで行きました。逃がすつもりはなかったのに、とにかく動きの速い奴で……それにあいつが通った場所は何故か氷のように固まって迂闊に近寄れず……クソっ」
「そんな……」
では、私たちの一縷の望みすら途絶えてしまったの?
「じゃあトカプチの行方は……」
彼らは暗い表情を浮かべ、揃って首を横に振った。
「分からなかった。吠えるのみで何も聞き取れなかった。レタルさん、もう諦めた方が良さそうだ。あんな化け物の猛獣に攫われたんじゃ、おそらくトカプチはもう……」
「言わないで!トカプチは生きている。そう信じている!」
町の者たちは、やれやれといった表情で肩を竦め去って行った。広場に残されたのは私と夫だけ。
「私は諦めない!あの子の行方を自力で探すわ」
地面に膝をつき、さっきまでここに捕らわれていた狼の気配を必死に探った。
「レタル……もう帰ろう」
夫に背中を押されても諦めきれない思いで、草むらを必死に掻き分けた。
不思議な事に……触れた先から草がポキポキと折れていった。これは一体どういう事?部分的に凍っているの?
その時ふっと鼻を掠めたのは、トカプチの匂い。あっ……これは……あの子の胸から漏れていた乳の匂いよ!母親だから分かる、嗅ぎ取れるの!
慌ててガサガサと草むらに手を突っ込むと、血で汚れた白い布に触れた。
「あなた、これを見て!これは私が作ってあげた『晒し』トカプチの胸にいつも巻かれていた白い布よ!」
「……これは!」
息子の胸の秘密を知るのは、夫と私だけ。だから私たちは慌ててその布を家に持ち帰った。布の内側に何か文字が書かれていたようなので、道中気になってしょうがなかった。家に戻りカーテンを閉め誰もいないことを確かめてから、その布を慎重にテーブルに広げた。
「あっ……なんてこと!」
「これは!」
それは愛しい一人息子のトカプチが、私たちに宛てた手紙だった。
もしかして、この町にやってきた半獣は、これを届けるために自ら危険を冒したの?
白い晒しには、こう書かれていた。
****
父さん母さん、元気ですか。突然消えて心配をかけて、ごめんなさい。
結論から言うと俺は元気です。ちゃんと生きています。
あの日……十六歳の誕生日に、俺は生まれ育った町を出ることになりました。そのきっかけをくれたのは、ロウです。ロウは……驚くかもしれないけど、狼との半獣です。でも俺、今ロウと幸せに自由に暮らしています。
父さんと母さんに協力してもらい、ずっと守ってきたことが、もう限界だったから……逃げるように飛び出したことを許してください。
でも……父さん、母さん……会いたいです。
ちゃんと会って、今の俺の姿を見て、納得してもらいたいです。
あなたたちの息子より
トカプチの地にて。
****
間違いなくあの子の筆跡だった。トカプチはやはり秘密を苦に出奔してしまったのね。最初は幼馴染のアペが告白してくれたように、半獣に攫われるようにだったかもしれない。でもこの手紙には一緒に暮らすロウという半獣への憎しみは感じない。
むしろこれは……まさか……
でもまだ、なんとも言えないわ。
会ってみないと分からない。
とにかく息子に会いたくて、たまらない。
「あなた……」
「あぁレタル行こう、旅に出よう!あの子は生きている!レタルに似て強い意志を持った子だ!」
「でも待って。あの子は何処に?トカプチの地って?」
「それはさっき草が凍っていた事がヒントだ!森を抜けたその先には、吐く息も凍る氷の世界があると言い伝えられている。目撃情報からもそこが濃厚だ。きっとそこに行けばトカプチに会える!」
夫のサクの力強い声に励まされる。
そう言われれば、予感が満ちてくる。
「トカプチ待っていて。たとえどんな姿になっていようと、あなたは私たちの息子よ!永遠に!」
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