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変貌

 うなじの噛まれた部分から体内の血が煮え立つように熱くなり、まるで熱病に侵されるように無我夢中になってしまった。  俺とロウは長時間に渡り激しく求め合った。俺の躰の限界までロウの迸る熱を受け止め、最後の方は記憶が飛んでいた。  強風が突然岩穴に吹き荒れ、ロウの狼の毛が逆立ちはらはらと舞ったのが綺麗だと思ったのが最後で……どうやら、そのまま意識を飛ばすように眠ってしまったようだ。 「ん……もう朝なのか」  天窓から朝日が差し込み、森の小鳥のさえずりがチュンチュンと聞こえる。 「んぎゃ──ふぎゃーあぶっ」  あ……トイが腹を空かせて泣いている。早く授乳してやらないと。昨日は俺達が求めあいたくて、まるで睡眠薬のように、たらふく乳を飲ませ、寝かしつけたんだった。 「トーイ、ちょっと待ってろ。今、支度するからな」  そう思って起きようと思ったが、俺の躰はロウにしっかりと抱きしめられたままだった。 「ロウ……起きろって、俺たちの息子が腹を空かせて泣いているんだよ」  胸元から顔をあげ、もがくように肩を揺さぶった時、強烈な違和感を感じた。   「ロウの顔の毛……薄くなった?えっ、ちょっと待てよ!どういうことだ!」  ガバっと飛び起き、ロウの顔を明るい日の光の下で確認する。 「お前……誰だ?」 「んっ……あぁトカプチ、もう起きたのか」  声はロウだが……顔が……ロウの顔が違う!人の顔になっている! 「ロウ!お前、どうして……」 「なんのことだ?」  ロウは意味が分からないといった様子で眉根を寄せた。こんな繊細な表情が出来るなんて!あっ……でも狼の耳はある。えっと、尻尾は?よしっ尻尾もある!でもこれってまるでトイが成長した姿にそっくりじゃないか。 「ロウ、お前の顔……俺と同じ、人間になってる!」 「えっなんだって?まさか」  ロウは慌てて自分の顔に手をあてた。その指先を見て、また驚いた。 「あっ手も!手も俺と同じになって……」 「まさかっ!」  ロウは驚愕の表情で、自分の手をまじまじと見つめた。  肩から胸、腕の毛はまだらに残っているが、手には人と同じ五本の指がついている。丸い爪になっていた。もう獣の手ではない! 「なんてことだ。オレの顔はどうなっているんだ。早く顔を見たい!」 「よしっ!すぐに池に行こう」  腹を空かせ泣きじゃくるトイを抱っこして、急いでロウと近くの池に行った。そして池の淵に三人で立った。 「あ……あぁ……なんてことだ!オレの願いが叶ったのか」 「ロウ、どんな願いをした?」 「トカプチに相応しい躰が欲しいと願った。その結果、半獣人に戻っただけでなく、顔が人間化したようだ」 「ロウ……お前……本当にロウなんだよな。なんか想像よりカッコよくて恥ずかしいな」 「想像してくれていたのか」 「えっと、まぁ……狼のロウも勇敢だったが、俺と同じ人の顔だったらどんな風だろうと想像したことはあるよ、そりゃ……あーもう、また余計なことを言わせんな」 人型のロウの顔は想像していたよりずっと精悍でハンサムだった。その真っすぐに澄んだ瞳で見つめられたら、急に恥ずかしくなった。なんか猛烈に照れ臭いよ。 「トカプチ」  静かに名を呼ばれ、顔をあげると顎を掴まれ、口づけされた。  初めて唇と唇がぴったりと合わさった。柔らかい……とても柔らかくて温かい。俺と同じサイズの繊細な動きをする舌が入り込んで来て、俺の舌を誘い出し絡み合った。唾液が溢れる程の長い時間、角度を変えては何度も何度も……口を吸われた。 「んっ……ふうっ……あっ……」 「ずっとこうしてみたかった」 「ばっ馬鹿!こんな所で!誰かに見られたら、どうするんだ!トイもいるのに」 「ふっこの地には俺たち以外まだ誰もいないのを知っているだろう。それはさておき、トイはずっとトカプチ似だと思っていたが、オレにも似ているな。ならばトイも成長したらオレみたいに、いい男になるのか」  ロウが幸せそうに笑うので、つられて俺も笑った。 「トカプチ……なぁ朝飯が欲しい。トイも腹を空かせているから、同時でもいいか」 「えっあっ待て!ここ外だ!」 「待てない」  池のほとりの緑の草原にドスンっと押し倒され、着ていた上着を開かれる。そしてそのまま右の乳首をロウにちゅっと吸われた。 「あっあ……んっ!」  ヨチヨチ歩きのトイも俺の左胸の乳首に、小さな口をあててくる。 「うわっ」  両方の乳を、同時に吸われる。  しかもロウの奴、人の口唇を手に入れたからって容赦ない。吸うだけでなく舌先で乳首を転がし突いてみたり、人の歯で甘噛みしたりと明らかに煽ってくるんだから。ただでさえ胸を吸われて気持ち良いのに下半身も疼き出す始末だ! 「駄目だ!今は朝飯としてだろう!吸うだけに徹しろよ!」 「次はトカプチにも朝飯をやらないとな」 「うっ……」 「だからオレをもっと刺激しろ」 「ばっ馬鹿っ!!」  見下ろせば、二人の耳はピンっと立ってピコピコと動き、フサフサの尻尾も嬉しそうにブンブンと揺れている。  顔は人になっても、仕草はモフモフの可愛いままで、何とも愛おしい。  今の俺は、草原に押し倒され両方の乳首を息子と番のロウに二人掛かりで吸われるという、とんでもない姿だ。  だが……仰ぎ見る空は、どこまでも青く高く澄み渡り、ミルクのような雲がモクモクと浮かんでいたので、清々しい気分になった。  初夏の薫風が優しく草を揺らし、花の香りをまき散らす。  これは……いつか見た夢。  幸せだ。今の俺……

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