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第12話
◇◇
はっと目を開けると、懐かしい風景の中にいた。
ステンドグラスの煌びやかな窓、白塗りの壁、高い天井、そして前方に立つ祭壇。
その祭壇の前で、誰かが跪き、祈っている。
長い金の髪を後ろで一つに結び、黒いローブを見に纏った男性。
ロープからはみ出た手首は、折れてしまいそうなほど細い。
「…あんたは、誰の為に祈ってるんだ?」
その後ろ姿に、声をかける。
男性はこうして声をかけられることに慣れているのか、振り向かずに言い放つ。
「…私の母と、旧友のために」
「……その旧友っていうのは、一人の人間の為に悪魔に成り果てた、哀れな男のことか?」
は、っと男性が弾かれたように振り向く。
こちらに向けられた瞳が、驚愕に見開かれた。
「…っ、アル…?」
10年経ち、風貌は少し大人びているけれど、目の前にいるのは間違いなく、ジョセフ本人だった。
まだ状況がよく呑み込めていないのか、ジョセフは目を見開いたまま呆然と、どうして、と呟く。
「…死んだ、はずでは」
「ああ、俺はあのとき確かに死んだ。…けれど」
一歩詰め寄り、ジョセフの方へ手を伸ばす。
さらりと揺れた金の髪を一束掬って、口付けた。
「…あんたが俺のために祈ってくれたから、神が俺に新しい命を授けてくれたんだ。そして、下界で暮らすことを許してくれた」
「っそんな、ことが…」
信じられない、そういった様子で、ジョセフはゆっくりとこちらへ手を伸ばす。
その指先が、小刻みに震えながら頰に触れた。
それから、確かめるようにジョセフの指がぺたぺたと顔に、身体に触れる。
「…本当に、アル、なのか…?」
「ああ、そうだよ」
「……っ」
ジョセフの手が、首に回される。
そのまま、ぎゅうっと強く抱き寄せられた。
「…この十年間、私はお前のことばかり考えていた。死んだのだと分かっていても、諦め切れなかった。…会いたくて、会いたくて、堪らなかった」
「……俺もだよ、ジョセフ」
細い身体に腕を回し、抱き締め返す。
きっと、ろくに食事も取っていないのだろう。
以前にも増して細く、かなり痩せこけている。骨と皮だけだといっても、過言ではないくらいだ。
こんな身体で自分の為に祈ってくれていたのだと思うと、胸に熱い想いが込み上げてくる。
「……あんたが、好きだ。いや、好きなんかじゃ足りないな。…愛してる。この世界の誰よりも」
「キザな台詞だ。…お前らしくない」
「……悪いかよ」
ふ、と微笑んだジョセフの瞳に、涙が滲む。
窓から差す光を浴びてきらきらと光る瞳は、思わず見惚れてしまうほどに、神秘的で美しい。
「…でもそんな甘ったるい台詞を嬉しいと思ってしまう私は、かなり毒されているのだろうな」
ジョセフの瞬きと共に、瞳に溜まった涙が零れ落ちる。
零れ落ちた涙は、白い頰を伝って、顎から黒いローブへと落ちる。
「…私は、神父失格だな。神父に恋は、御法度だというのに」
鼓膜を、少し掠れたジョセフの声が撫でていく。
「……けれど、それでも私は、お前と共に生きていきたい。この神父という職を捨ててでも」
「…いいのか、本当に。一度捨ててしまったら、戻れなくなる」
「いいんだ。神父でなくても、祈ることは出来る。…それに、私にはもう、お前のいない人生なんて考えられない」
視界がふっと暗くなって、唇に柔らかな感触を感じた。
顔を上げると、ぱち、っとジョセフと視線が交わる。
「…私も、愛してる」
ずっと夢だと思っていた、幸せな日々。
それが今、現実へと変わろうとしている。
「…長い間待たせて、ごめん。…ただいま、ジョセフ」
「……っ、おかえりなさい…」
ーーきっとこれは、最初で最後の恋。
神様がくれた、奇跡の恋。
天に背いた自分の罪はまだ消えないけれど、いつか許される日が来ることを信じて祈りながら、これからの新たな人生を歩んでいく。
もう二度と、隣に並んだ最愛の人の手を離さないように、強く握り締めながら。
「…幸せに、してくれる…?」
「……勿論。俺の一生をかけて、幸せにするよ」
窓から降り注ぐ光の中。
か細い身体を力強く抱き締めながら、微笑んだ愛する人の唇に、そっと口付けた。
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