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第11話
◇◇
ーーどのくらいの間、眠っていたのだろう。
浮遊感と共に、ゆっくりと目を開ける。
辺りは、真っ暗闇だった。一筋の光さえ、ない。
「…死んだのか、俺は」
こんな場所にいるということは、きっとそうなのだろう。
悪魔になっての死。それが意味するのは、地獄だ。
天界に帰ることも出来ず、また神に背いたので生まれ変わることも出来ない。永遠に、この暗闇で彷徨い続けるのだ。
「…案外、呆気ないものだな」
呟きが、空間内に響き渡る。
広大な空間には、自分の他には誰一人としていない。
耳を澄ませてみても、自分の声しか聞こえない。
手を伸ばしてみても、周りの空気しか掴めない。
ーー寂しい、そう思うのは何年ぶりだろう。
いつだって、自分の側にはジョセフがいた。
笑ったり、怒ったり。喜怒哀楽豊かな表情を見せてくれた。柔らかな声で、俺の名前を呼んでくれた。
「…ジョセフ…」
唇から、その名前が零れ落ちる。
叶うなら、もう一度あなたに会いたい。
その顔を見たい。その声を聞きたい。その身体に触れたい。
失ってから、初めて気が付いたんだ。
あなたの存在が、俺の中でとても多くを占めていたことに。
「ーー久しぶりですね、アル」
不意に、背後から女性の声が響いた。
はっと振り向けば、白いワンピースを身に纏った、見覚えのある女性が立っていた。
「貴女は…リサ様」
自身が天使であるとき、上司のような存在だった人だ。
リサ様は俺を見ると、ふ、と美しく微笑んだ。
「……覚えてくれていたのですね、私を」
「…いくら腐っても、流石に貴女を忘れることはありませんよ」
それは良かった、と彼女は小さく笑うと、さて、と話を切り出した。
「貴方は禁忌を犯しました。自らの欲望を抑えきれず、下界の民に干渉したのです。そして、天使としての羽を失い、悪魔に成り果てた」
改めて言葉にして聞くと、何と惨めなのかと思う。
ふ、と自嘲の笑みがこぼれた。
「…馬鹿だと思うでしょう、俺のこと」
頷くかと思いきや、いいえ、とリサ様は静かに首を振った。
「……私は素敵だと思いますよ。愛した人の為に自ら魔界に堕ちるなど、私にはとても出来ませんから」
リサ様はそう言うと、すう、と目を細めた。
「…そういうところが、神の目に留まったのでしょうね」
「え…」
聞き返した俺に、リサ様は微笑みかけた。
「貴方は十年間、眠り続けていました。その間、一人の青年が貴方の為に祈ってくれたのです。その健気でひたむきな祈りを神は聞き届け、貴方に新たな命をお授け下さった」
思いもかけない言葉に、はっと顔を上げる。
リサ様は微笑みを崩さぬまま、言葉を続けた。
「『お前は天界の掟を破ったのだから、元のように天界に戻すわけにはいきません。罰として、下界に堕とします。自分の罪を悔い改め、青年への感謝を忘れずに、新たな人生を全うしなさい』これは、神からの伝言です」
リサ様はそこまで言うと、右の掌をこちらへ向けて、とんと軽く空気を押す。
その動作と共に、見えない糸に引かれるように、自分の身体は後ろへと弾き飛んでいく。
視界の中で、小さくなっていくリサ様が、ふわりと笑った。
「…さあ、行きなさい。あなたを待っている人の元へ。…お幸せに」
視界がぼやけて、生温かいものが頬を伝った。
涙なんて、いつぶりだろう。もうとっくに、枯れ果てたものだと思っていたのに。
ーーあの日、俺へと伸ばされた愛しい人の手。
今度こそ、この手で掴めるだろうか。
意識が闇に吸い込まれていくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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