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第10話
「ーーベーカー神父!」
後ろで、教会の扉が開く音がした。
弾かれたように振り向けば、先程の彼女と共に、何人かの男が中に入ってくるのが見えた。
何人かいる内の中の一人が、前に躍り出る。
ジョセフと同じように黒いローブを身に纏った、中年の男だ。
「チェスター…」
ジョセフは呟くと、眉を潜めた。
きっと、彼が先ほど彼女の言っていた、チェスターという男なのだろう。
「…っ、それ以上私達に近付かないで下さい!」
ジョセフが、庇うように俺の前に出て、腕を広げる。
チェスターは眉を潜めると、手に持っていた分厚い本を、ぱらりと広げた。
「退いて下さい、ベーカー神父。貴方は悪い悪魔に取り憑かれているのです。私はその悪魔を、祓わなければならない」
「私は憑かれてなどいません!自分の意思で、ここにいるのです!」
「チェスター様!お願いです、私達の神父様をお助けください!」
女性が、チェスターの側に駆け寄り、その身体に縋り付く。
チェスターは神妙な面持ちで頷くと、ジョセフを見据えた。
「さあ、ベーカー神父。こちらに来るのです。そこにいては、危ない」
「嫌です!私は、アルの側から離れない!」
ジョセフはくるりと振り返ると、抱きついてくる。
伝わる仄かな温もりに、必死に俺の身体を抱き寄せる細い腕に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
ーー今この手を離さなければ、離せなくなる。
「……ジョセフ、もういい」
ジョセフの腕を解き、その肩を掴む。
顔を上げたジョセフが、泣きそうな顔でこちらを見つめているのを見ると、ちくりと胸が痛んだ。
「…俺も、あんたが好きだ。…だから、あんたには幸せになってほしい」
右手に意識を集中し、残った全魔力を注ぎ込む。
やがて右手に、魔力が結晶化した紅い石が現れた。
「これを、あんたの母に渡せ。そうすればあと10年は、大丈夫な筈だ」
「え、…」
ジョセフの手に石を握らせて、微笑む。
だめだ、と小さく呟くジョセフの頰に手を滑らせて、そっとその額にキスをする。
「…そんな顔するな。あんたは、笑ってる方が似合ってる」
「行かないでくれ。…私には、お前しかいないんだ」
「そんなことないさ。あんたには俺より、お似合いの人がいる」
最後の気力を振り絞り、翼を広げて宙に舞い上がる。
「…さよなら、ジョセフ」
呆然とするジョセフに、すぐさま何人かの男達が駆け寄って行く。
チェスターは俺からジョセフが離れたのを確認すると、分厚い本をぱらぱらと捲り、何かぶつぶつと唱え始めた。
「…アル…!」
小さくなったジョセフが、必死でこちらに手を伸ばしているのが目に入った。
しかしその手は、すぐに周りの者達によって下ろされる。
「…嫌だ、消えないでくれ、アル、アルッ…!」
悲痛な叫びと共に、ジョセフの瞳から涙が零れ落ちる。
こんな時でさえ、いやこんな時だからだろうか。ジョセフの涙は、自分の視界に酷く美しく写った。
しかしその視界はすぐに、男の呪文によって出現した竜巻に、遮られてしまう。
もうそれを避ける気力は残っていなかったし、何より避けようとは思わなかった。
竜巻は俺を包むと、鋭い刃で体に傷をつけ、切り裂いく。
暗い強風の中、あちらこちらから鮮血が噴き出すのが見えた。身体の感覚は徐々に失われていき、手足の末端に生まれた痺れが全身に広がってゆく。
「アル…っ!」
竜巻に混じって聞こえたジョセフの声が、切なく揺れる。
ーーあの人は、俺のことを忘れないでいてくれるだろうか。
微かに抱いた望みと共に、俺の意識は薄れていった。
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