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第1話

 序章  空の彼方の神様は  愚かな者に失望し  賢者に世界をあげました  五つの土地の王様は  賢い狼しかなれず  金珠(アルファ)・銀珠(ベータ)・銅珠(オメガ)と  生けるものを分けました  空の彼方の神様は  哀れで美しい銅珠に  賢者の花嫁となれるよう  最後の宝をあげました  第一章 深緋の瞳  ソラは、真っ白な空間で育った。  物心ついた時から壁や床、家具から着物まで、周囲は白色で統一されていた。色を添えるのは、絹糸を思わせるソラの美しい黒髪と、紅を差したような赤い唇だけ。 「ソラ様、朝のお祈りのお時間でございます」 「はい、今参ります」  花窓から風に揺らめく竹林を眺めていると、扉越しに宦官に声をかけられた。  質素で整理整頓された自室を見渡し、愛着のあるこの部屋に、あとどれぐらいいられるのだろう? と感傷的になる。  まったく記憶にないのだが、ソラの生まれは闇獣(あんじゅう)国の南東にある小さな村で、両親は養蚕業を営んでいたらしい。  銅珠として生まれたソラは、それは美しい赤ん坊だったそうだ。  しかも背中には、『聖なる銅珠』であることを表す赤い芍薬の痣があったことから、周囲は「賢者の花嫁が生まれた!」と喜んだという。  なぜなら聖なる銅珠は、数百年に一度、国内に一人しか生まれない貴重な存在だからだ。  そしてソラは、王に『魁(かい)』という特別な力を与える聖なる銅珠として、生後三か月で、僧侶と宦官しかおらぬこの寺院に預けられた。  それから十八年。  ソラは聖なる銅珠を守り育てる寺院から出たことがない。  正確には、一人で出たことがない。  宦官や護衛を引き連れて、月に二度、寺院を出ることができた。  それは許嫁である闇獣国の王、儀晃(ぎこう)に会いに行く時だ。  しかし十八といえば、そろそろ発情期を迎えてもおかしくない歳だった。 (発情期を迎えたら、僕は儀晃様のお妃様になるんだな……)  きっと喜ばしいことなのに、心の底から喜べない自分がいるのは、聖なる銅珠として生まれた虚しさゆえだ。  自分は生まれた時から王に嫁がされ、世継ぎを産むだけの器に過ぎない。  国を治める獣人の狼属の子を産めるのは、人間属の銅珠だけだからだ。  しかも背中に芍薬の痣を持つ、聖なる銅珠だけ。  聖なる銅珠は王族の子孫を産むだけでなく、発情期後は体液や香りすべてが、王の持つ魁という特殊な能力を増強させる。  この魁のおかげで国王は大変長生きで、天候や風、土壌などを操ることができ、天災や疫病から国民を守ることができるのだ。国王が十分魁を漲らせ、充実すればするほど国は栄えていく。  しかし、逆も然り。  国王の魁が弱まれば国は荒み、疫病が蔓延し、崩壊していく。こうして滅んだ国がいくつもあった。

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