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第2話

 ソラは三重衣の裾をふわりと靡かせ、獣人神が祀られている祭壇へ向かった。  本堂にはすでに数十人の僧侶と、他の宦官たちがソラの到着を待っていた。  定型化された儀式だったが、最近は読経の熱のこもり方が違う。  なぜならば国王である儀晃が今、病の床に臥しているからだ。  原因は不明で、「心の病ではないか?」と医者は言っている。 「ソラ様、こちらを」 「はい」  紫煙の上る長い線香を宦官から受け取り、ソラは白磁の香炉に刺した。  すると祭壇の前に並んでいた僧侶たちが、一斉に経を読み始める。  その後方で両膝をついたソラは、静かに祈りを捧げた。 (どうか、儀晃様の病気が治りますように。そして荒れつつある国に、平穏が訪れますように)  闇獣国には、すでに荒廃の兆しが表れていた。  儀晃が臥せってからというもの、穀物の育ちが悪く、国民の心も荒み、凶悪な犯罪が増えてきたのだ。  きっと儀晃の魁が復活し、彼自身も元気になれば、闇獣国は以前のように豊かで、平和な国に戻るのだが……。  香の香りが本堂いっぱいに満ちた頃。読経は止、朝の儀式は終わった。  目を閉じて祈りを捧げていたソラは、肩の高さで切り揃えられた黒髪を耳にかけ、顔を上げた。  その横顔は凛としていて、美しいという言葉以外見つからない。  筆で描いたようなすっとした眉に、黒曜石かと見まがうばかりの大きな瞳。  まつ毛は長くて上品な扇子のように広がり、薄く形の良い唇は椿の花を思わせる。  白く滑らかな肌はきめ細やかで、頬は健全なソラの精神と肉体を表すように、健康的な桃色をしていた。  背の高さは五尺四寸とあまり高くはないが、手足がすらりと長く、均整の取れた体躯をしているので、小ささを感じさせない。  人口が少ない銅珠は、見目麗しい者が多いが、その中でもソラの美しさは際立っていた。これも聖なる銅珠ゆえの輝きなのかもしれない。  ほんの少しだけ装飾がされた専用の食堂室で、ソラは野菜入りの饅頭と豆乳で朝食を済ませた。  するとすぐさま宦官がやってきて、ソラを衣裳部屋へと連れていく。  そこで外出用の深衣に着替えさせられ、黒髪に白牡丹の髪飾りを着けられた。  これから儀晃を見舞うためだ。  この国では、清純や純血の象徴とされる聖なる銅珠は、婚姻するまで色のついたものを身に着けることができない。  だから、ソラの世界に色はない。  真っ白な服や空間は、ソラの心そのものだった。  宦官や護衛の者を引き連れて、ソラが乗った馬車は儀晃が住む闇獣城へ向かった。  ゆっくり進む馬車の御簾越しに、あらゆる香りや街の喧騒、活気ある人々の声が聞こえてくる。  すると当然のように好奇心が湧くのだが、決して外を見てはいけないと、ソラは宦官に厳しく言われていた。  それはソラの美しさを隠すためでもあるが、億万が一『運命の番』に出会わないよう、警戒してのことだった。  ソラはまだ発情期を迎えていないので、金珠を酔わせる甘い芳香を醸し出してはいない。しかし発情期を迎えた銅珠は、正気を失った金珠に首筋を噛まれ、無理やり番にされないよう、護身用の首輪を着けていた。  これによって、発情期を迎えた銅珠かどうか、見極めることができるのだ。

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