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Bonus track

「それじゃ、お先に失礼しまーす!」  近所のコンビニでバイトを終えた俺は、リュックを背負ったまま最近手に入れた折り畳み自転車に跨った。普段ならこのまま自宅マンションに帰るのだが、今夜は部屋には帰らないつもりだ。  五分ほど自転車を走らせると通りの先にレンガ色のマンションが見える。三階の東側の端の部屋に明かりがついているのを確認して、駐輪所に自転車を停めた。  ハンドルに引っかけたコンビニ袋を手に取り、三階までの階段を一気に駆け上がる。白い息を吐きながら目当ての部屋の前まで行き、インターホンを押そうとした瞬間、ガチャと音がして内側からドアが開いた。 「おかえり」 「びっくりしたー! 俺まだピンポンしてないのに」 「彬文来ると、足音で分かるんだよ」 「なんでー?」 「三階まで猛スピードで一気に駆け上がって来る奴、きみ以外いないだろ」  そう言って笑った桐谷さんが俺を部屋に招き入れると、いつものようにくしゃくしゃと俺の髪をかき混ぜた。 「いい匂いするー!」 「夕飯できてる。今夜は鍋だよ」 「やった!」 「手、洗っておいで」  うん、と軽い返事をし、ふふと笑う。  桐谷さんと付き合うようになって一年。こうして彼の部屋に来ることにも慣れた。桐谷さんが休みの日には、彼が俺の帰りを待ち二人で朝まで一緒に過ごす。彼のほうが俺の帰りを待つなんて以前は絶対になかったことだ。  背中のリュックを降ろし、ダウンジャケットを脱ぐと、ポケットの中のスマホが鳴った。 「あ、もしもし? ああ、なんだヒロちゃん。──え? 土曜日? ははっ、もちろん覚えてるよ。行く行く! 何時だっけ?」  大学の友人のヒロちゃんと話している僕を、桐谷さんが唇を尖らせて見つめている。 「五時半ね? りょーかい!」  手短に会話を済ませて電話を切る。それから思い出したように手にしたコンビニ袋を桐谷さんに手渡した。袋の中身は缶ビールだ。 「電話、ヒロちゃん?」 「ああ、うん。土曜日、ライブ行く約束してて」 「ヒロちゃんって、彬文のとこよく連絡してくるよな」 「ああ、仲いいんだ。話も合うし、趣味も結構合って」 「ふぅん」  そう相槌を打った桐谷さんの声に思いの外不機嫌さが表れていて驚いた。 「なに……? なんか怒ってる?」 「ヒロちゃん、彬文のこと好きなのかな」  思いもよらない桐谷さんの言葉に、俺は驚きのあまり口をあんぐりと開けたまま固まった。 「え? 何言ってんの、桐谷さん」 「きみに掛かって来る電話はほとんど彼女からだろう?」  相変わらず不機嫌さを隠そうともしないで訊ねる桐谷さんに、俺は瞬きを繰り返した。  ──これ、もしかして、嫉妬されてる?  だとしたら、すごくレアだ。レアだから、もう少しだけこんな余裕のない桐谷さんが見てみたいなんて一瞬思ったんだけど。  でも、俺は桐谷さんの事が大好きで、ほんの少しの誤解も我慢できないって気持ちの方が強くてそれを思い切り否定した。 「もー、違うよ! ヒロちゃん、SNSとかまどろっこしいのダメなの! 用件は電話で、ってタイプなだけで。それに友達として仲がいいのは否定しないけど、ヒロちゃんにはちゃんと彼氏いるからね。土曜のライブも、その彼氏が出んの! 彼氏も俺の友達だし」  俺の言葉に、桐谷さんが恥ずかしそうに顔を歪めた。  ずっと大人に見えていた桐谷さんは、意外と心配性でやきもちやきだってことを俺はこの一年で知った。  一年前彼が言ったように、桐谷さんは本当に恋人を甘やかすことが得意だった。元々優しい人ではあったけど、付き合うようになってからもっと優しくなって、その甘さに俺は毎日蕩けてしまいそうになっている。  この一年で、それまで知らなかった桐谷さんの顔をたくさん知ることが出来たように思う。 「腹減った。飯にしよっか」  そう照れくさそうに俺に背中を向けてキッチンに入った桐谷さんを追いかけた。  火にかけた鍋がぐつぐつと煮え立つまで、桐谷さんの背中にそっと後ろから抱きついた。 「美味しそうだね」 「だろ?」  背中を向けたまま得意げに答えた桐谷さんに抱きついたまま、するりと手を彼の部屋着の中へと忍ばせた。 「……桐谷さん、可愛い。妬いてもらえるなんてあの頃から考えたら夢みたいだね」  そう言いながら、後ろから桐谷さんの胸に手を這わせ、指の腹を使って彼の小さな突起を刺激する。 「なにしてんの」  桐谷さんが振り向いて戸惑ったような表情を見せた。 「なにって……乳首弄ってるの。桐谷さんが可愛くて、なんかエッチな気分になっちゃったんだもん」 「これから飯にするのに」 「分かってるんだけど。美味しい鍋のまえに、桐谷さんが食べたくなっちゃったなー。ねぇ、先に食べさせてよ、桐谷さんを。じゃないと、俺のお尻がお腹すき過ぎてオカシクなっちゃう」  そう言って執拗に桐谷さんの胸を刺激すると、彼の息づかいが熱を持った。  そのまま右手を下腹部へゆっくり這わせると、彼の下半身に明らかな変化を感じた。 「乳首もピンピンだけど、こっちもガチガチだね、桐谷さん」 「……ちょっ、待……彬文っ。火危ないから……っ」 「待てない。いますぐ俺をお腹いっぱいにして」  甘えるように強請ると、桐谷さんが鍋の火を止めて、少し困ったようなそれでいて嬉しそうな顔で俺を振り返った。 「我儘だな、彬文は」 「だって思いきり甘えていいって──たくさん我儘言ってもいいって」  そう、確かに桐谷さんは言ったのだ。辛い思いさせたぶん、思いきり甘えて我儘言っていいから──と。たぶん彼なりの罪滅ぼしのようなものなのだと思う。  だけど、そういうんじゃなくて。俺は素直に甘えることにしたんだ。だって、言いたいことしたいこと我慢したっていいことなんてない。  俺が、桐谷さんを大好きだってこと、いつだって欲しいんだってこと、ストレートに伝えなきゃって思っているんだ。 「参ったな。彬文の我儘は可愛すぎる。どんどんエロくなってホント困る。いつの間にそんな誘い上手になったんだ?」  そう言った桐谷さんがちゅっと音を立てて俺の唇を吸った。 「全部、桐谷さんに教えて貰ったことだよ。俺の身体は初めても今も──桐谷さん以外知らないから」  桐谷さんしか知らない。  桐谷さんしかいらない。俺の身体はそんなふうに出来ている。 「煽り上手だな、彬文は」  互いに服を脱ぎ捨てて、リビングのソファの上で抱き合った。硬く質量を増した桐谷さんを、俺の下の口がまるごと食らう。 「……あぁっ、……いい」 「彬文、大丈夫? つらくない?」 「すごく……気持ちいいよ、桐谷さん。もっと激しく動いていいから……っ」 「彬文の中、すごく熱いよ」 「だって、腹ペコだもん。俺はいつだって桐谷さんが欲しくて腹ペコなんだ」  俺の言葉に、桐谷さんの質量がさらに増す。 「可愛い彬文。そんなこと言って、これ以上僕を喜ばせてどうしたいの」 「思ったまま──頭に浮かんだ想いを言葉にしているだけだよ」  二度と間違えてたまるもんか。  言葉を、想いを飲み込んで、我慢して、すれ違うなんてたくさんだ。 「もー、ダメだ。僕はきみにメロメロみたいだ」  俺を突きながら、桐谷さんが嬉しそうに笑った。  そういえば、いつの間にか雨の夜に桐谷さんがうなされることがなくなった。  彼が昔、胸の奥に負った深い傷は、あれから少しは癒えたのだろうか。 「大好きだよ、彬文」 「俺も、大好きだよ」  これからも、この彼の笑顔を守っていきたい──。  僕は決してあなたの前からいなくなったりしないよ。  ずっと傍にいるって、あなたが俺のところに戻って来てくれたあの日、降りしきる雨に誓ったのだから──。 -end-  

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