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第1話

仕事を終えて、夜10時47分着のバスから降りるとコンビニに寄って缶ビールとタバコと総菜を買って帰る。 いつもと同じ一日だが今日は残っていたロールケーキを持ってレジへ向かった。 「お疲れ様です。タバコは1箱でいいですか?」 同じ時間、同じ物を毎日買っていれば顔も覚えられ、レジにコーヒーと総菜を置くとタバコを用意してくれる。 「……はい」 本当は、今日は忙しくて吸う時間が無かったので買わなくても持ちそうだが、断るのも面倒なのでそのまま流す。 「今日はロールケーキもなんですね。甘い物食べるって意外ですね」 「まぁ……嫌いじゃないからね」 週5でこの時間出勤している顔なじみのアルバイトの青年、大久保君。 若いだけあってこの時間でもくすみのない笑顔。 差し障りの無い会話を交わしながら2000円を出した。 レジに他の客がいない時、お釣りを渡してくれる際に大久保君は俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で『おかえりなさい』と言ってくれる。 レジが空くのを待ったり、小銭を出さないのは……『おかえりなさい』を言って貰いたいから……か。 今日も大久保君の『おかえりなさい』を聞いて家路についた。 途中にある学校の残花が1枚の花びらを落として……また春が通り過ぎて行った。 ・・・・・ 仏壇に袋のままロールケーキを供えた。 「……こんなもんでごめんな……」 今日は10年目の結婚記念日。 10年目の記念日にはベタにダイヤモンドでも贈ろうなんて考えていたのにな……。 写真立ての中で微笑む4年前に妻の笑顔に目頭が熱くなる。 もう4年……まだ4年。 温めたホッケをつまみながらビールをチビチビ飲んだ。 飲めない訳ではないが好きでもないビール。 一緒に晩酌をしてくれる相手はもういないけれど……何となく続けていた。 男やもめに雑魚たかる……とは言うが……本当に味気のない人生を送っているものだ。 子供でもいたらまた違ったのかも知れないが、残念ながら子宝には恵まれなかった。 子供はいなくても妻がいれば幸せだと思っていたんだけどな…。 吐き出した紫煙の向こう側で妻の写真が泣いて見えた。 仕事の付き合いで飲んだ帰り、妻が駅まで迎えに来てくれた。 酔いの心地よさに『愛してる』等陽気に会話をしていた帰り道、信号待ちをしていたところに信号を無視して対向車が突っ込んできた。 激しい衝撃の後……運転席でハンドルに凭れた血まみれの妻は俺に微笑んだ。 『貴方が……私に囚われすぎないか……心配だわ……』 ゆっくりと目を閉じた妻は二度とその目を開くことはなかった。 俺が酒なんて飲みに行かなければ……。 俺が迎えに来てくれなんて電話をしたければ……。 妻の懸念の遺言は、正しく俺の残りの人生をさしていた。 妻と過ごしたこの家を守るため、妻の遺影に『いってきます』と『ただいま』を言うためだけに働いていた。 死して尚、俺は君に心配を掛けてばかりだ。

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