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【はんぶんこ】めろんぱん
「んあ〜〜〜あっちい!」
よく言えば軽快な、悪く言えば間抜けな音楽は、俺の断末魔によって掻き消された。冷房の効いたコンビニと言う名の天国から一歩踏み出すと、そこは灼熱地獄だ。
照りつける太陽を存分に浴びて青々と茂る草の匂いはきっと人によっては風情があると感じるのだろう。だけどもそれを運んくる風が湿気を帯びていて、どうにもこうにも不愉快だ。
張り付くシャツをパタパタと仰ぐと、汗が伝う首筋を風が撫ぜていって少しはマシに感じる。
「午前中で学校が終わるのも考えもんだよなぁ。お天道様 真上だぜ。熱中症で死人が出そうだ。」
「だから注意喚起すごいじゃん。ほら、水分摂れよ。」
「これ水分に含まれんの?」
「溶けたら水分だろ。」
少し遅れて出てきた斎藤から差し出されたのは、たった今コンビニで買ったアイスだ。誰もが知っている安いソーダ味のアイス。それを受け取ろうと手を伸ばしほんの少しだけ指先が触れると、途端に心臓が早鐘を打ち始める。
気付かないふりをしようとして、やや乱暴にアイスを引ったくり、その場で開封してコンビニの駐車場脇にポツンと置かれたゴミ箱に袋を投げ入れた。
「東京はもっと暑いらしいぜ。ほらアスファルトの照り返しがどうのってさ。」
「でも東京は電車やバスに1時間も待たないし。せいぜい5分10分。」
「それな!あー羨ましい!俺も東京行きてー!」
ちょうど着いたバス停の時刻表を確認すると、次のバスは15分後。これでも随分運がいい。俺は直射日光に晒されて鉄板のように熱くなったガードレールに腰掛けると、斎藤も隣に腰掛け、さりげなく指先を絡め取られた。驚いて斎藤の顔を見ると、ちょっといたずらな顔をする。慌てて辺りを見渡したが、猫一匹見当たらなくて、俺は嬉しさと恥ずかしさが相まって俯きながらアイスを頬張った。
口の中でじんわり溶けたそれを飲み込むと、食道を通っていく冷たい液体が火照った身体をわずかに冷やしてくれる。それが気持ちよくて、俺はがりがりとアイスを貪り始めた。
「圭太は志望校決まったの?そろそろまずいんじゃねーの?」
「あ?う〜ん…うん、大体決まってる。」
「え、どこ?」
「行けそうなとこ。」
「…それ、決まってるっていわねーから。」
呆れたような溜息をつきながら、斎藤はバニラアイスをぺろりと舐める。この暑いのに濃厚なバニラアイスを選ぶなんてと思ったが、人が食べているのを見ると途端に美味しそうに見えるから不思議なものだ。
一瞬の沈黙を支配するのは、ミンミン煩い蝉の声。きっと奴らは自分のことを真夏の大スターだと思っているに違いない。とんでもないナルシシズムを発揮する蝉の大合唱から逃れるように、俺はまた大口を開けてアイスを頬張った。頭蓋骨がキンと響く。
「…夏休みとかは、こっち帰ってくるから。」
不意に暗い声を出した斎藤は、絡めた指先をキュッと握ってきた。
斎藤は、東京の大学を志望している。模試の結果では合格はほぼ確実で、学校の先生方も「斎藤は安心だな!」と肩を叩いていた。
けれどそれは地元を離れて一人暮らしすることが決まったようなもので、斎藤は随分悩んでいた。
俺が、斎藤と離れるのが嫌で、その話を聞いた時に心から応援してやれなかったから。一瞬顔が曇ったのを、斎藤は見逃してくれなかったから。
だから斎藤は悩みに悩んで、けれどもやっぱり東京の大学に進学を決めた。
俺一人のために大学という人生の大事な分岐点で妥協して欲しくない。随分時間がかかってしまったが、俺はちゃんと気持ちの整理をつけて、今は心から斎藤の受験を応援している。
俺は返事の代わりに絡め取られた指をそっと外して、改めて手を握った。斎藤が驚いて俺の方を見る気配がしたけど、俺はその顔を見られなかった。真っ赤になった顔を誤魔化すのに必死で、無心でアイスを齧るばかり。
「あ!おい全部食うなよ、半分こって言ってただろ!」
「あ…悪りぃ。」
そこへ突如上がった斎藤の抗議の声に手の中のアイスを見ると、早くも半分以上が無くなっていた。現金なもので、同時に頭がガンガン痛んでくる。今まで少しも味わっていなかった証拠だ。
見れば斎藤のアイスはまだほとんど残っている。斎藤は俺と違って小さな口で少しだけ口に含んだ。
「もー、圭太ってほんと早食い。もう殆どないじゃん。俺なんてこんなに残ってるのに。」
「ごめんって、はい。」
「いいよもう一口くれれば…ん。…うん、安定の味。」
俺のソーダアイスを一口齧って満足そうに微笑んだ斎藤は、代わりに自分が持っているバニラアイスを差し出してきた。
斎藤の唇と口内の温度でちょっと溶けた先っぽが妙に生々しく間接キスを意識してしまう。
俺は迷いがちに口を開き、ほんの少しだけ斎藤のバニラアイスを口に含んだ。口いっぱいに広がる甘い香りが、俺の嫌いな湿った夏の草木の匂いを掻き消していく。美味しい。
「…斎藤、俺夏休み超頑張るから。」
「え?何を?」
「バーカ勉強に決まってんだろ。」
斎藤はキョトンとしている。当然だ、俺の成績なんて下から数えた方が早いくらいで、いつもテスト前に斎藤に泣きついていたのだから。
俺はポケットの中に無造作に突っ込まれた、今日配られた期末テストの順位が記された小さな紙を握りしめた。下から数えた方が早かった俺の今回の成績は、中の上。先生方もびっくりの跳ね上がり方だ。
今日の半分この約束も守れなかった俺が言うのもなんだけど、来年こそお前とアイスを半分こしたいから同じ大学を目指しているんだ。
なんてまだお前に約束できないのが情けない。が、同じ大学に行けるほどに勉強をする、というのは他でもない俺自身との約束だ。
「…うん、頑張れ。」
訳もわからず、いやもしかしたら何か悟ったのかもしれない斎藤が、快晴の空を背景に柔らかく微笑んだ。
☆☆☆
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