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第1話

目を開けると、ふわふわの感触と、心地よい暖かさに包まれていた。 いつまでもこの夢の中にいたい。 ずっと目が覚めなければいい。 もう感覚さえなくなっていた胸の傷が、柔らかな布に擦れてちりちりと痛むその痛みさえ、不快に思わなかった。 そのくらい大きな幸せに、自分は今包まれている。 冬だというのに全く体が凍えておらず、むしろ春のように暖かい。 手足はおもりや枷が付いてなくて、軽くて自由に動く。 もうずっと、このまま、叶うならこのまま眠りたい。 何も考えず、誰ともかかわらず、ずっと。それが叶うのなら、例え死だとしても構わないと思った。 最近悪夢ばかり見ていたから、久しぶりに神様がご褒美をくれたのかもしれない。 夢だっていい。こんな暖かさに最後に包まれたのは確かもう何年も前だ。 ああ、優しい風に乗って、何かとても、素敵な匂いがする。 こんないい匂いは、生まれてこのかた嗅いだことがない。 不意に、自分のお腹がぐーっと音を立てた。 あれ?お腹すくの?夢の中なのに。ご飯も食べていいの?ああ、でもこの温もりから出るのももったいないな。 でもやっぱりお腹すいたな。ここから少しだけ、少しだけ出よう。すぐ戻るから。 この夢が続きますように、と願いながら、重たい瞼を開く。目を開けると温かい光と、木でできた家具で構成された景色が広がっている。 ああ、この夢は、空間までもが温かい。幸せだな。 ずっと続くといいな。 そう思いながら体を起こそうとして、違和感に気づいた。 体が鉛のように重く、動かそうとしても力無い振動が伝わるだけで、寝返りさえ打てないのだ。 せめて周りを見渡そうと首を動かすことさえ叶わず、目を駆使して最大限広い領域を見渡す。 少し開かれたカーテンの隙間からのぞく外の景色は真っ白で、大きな窓からは地面が全く見えなかった。 できる限りあたりを見回しても、やはりあるのは木製の家具と、2つの窓とドアだけ。 もしこれが現実だとして、なぜここに眠っているのだろう。あるいはもし夢だとして、何故自分は動けないのだろう。 理想を実現する夢にしては不自由すぎて、かといって現実としては夢寄り過ぎるこの状況。 せめてそれだけでもはっきりさせよう。動こうとしない口を無理やり開き、喉に力を込める。 「あ、あ、、、」 なんだこれ。 自分で出した声は、まるで赤子の泣き声のような濁った音で、言葉を発し様にも口がうまく動かせず、綺麗に発音できない。 動こうにも自分1人ではなにもできず、だからせめてその濁った声を力の限りだす。 弱々しい声だけど、それ以外にできることがないから、声を出した。 少しして、誰かの足音が聞こえてきた。 すでに僕はたった10程度の発声に疲れ果て、ほとんど脱力していて。 とんとん、と、ドアをノックする音が聞こえる。二回。そしてドアが開く。 「やっと起きたね。体はどう?」 誰かがそう言いながら入ってきた。 金髪に碧眼、薄い唇、白い肌。 その全てが非常に綺麗に配置された、異国の男性が、僕のことをひどく優しい表情で見てきた。 少し目尻を下げ、細められた目は、その少し上がった口角と合わせて見ると、男の人なのにドキドキしてしまうほど美しく、そしてどこかもの寂しげで。 しかし、そのひどく優しい表情にさえ、僕は怖い。 動いたら、抵抗したらきっと殴られる。でも動かなくてもきっと殴られる。大人は、どんな人でも、僕を必ず殴るから。 彼の手が伸びてくるのを視界の端でとらえ、せめて、少しでも痛くないように、全身を強張らせて覚悟した。 すると、彼は、僕の両手を自分のそれの中に優しく包み、そして言った。 「怖くないよ、大丈夫。…君を守ってあげる。」 手を包まれて初めて、自分の体が気づかないうちにガタガタと震えていたことに気がつく。 そして自分の頬に生温かい液体が伝っていることも。 怖くない。 この一言を、夢なら信じてみてもいいだろうか。 僕は彼の目をじっと見る。彼も、信用していいんだよ、とでもいうようにじっとこちらをみていた。 こんなに優しい顔をした大人は、初めてみた。 ぐぅー また、お腹の音がなった。 「その状態でも食べられるように、薄いスープを作ったんだ。少し待っていて。」 にっこり笑って部屋を出ていった彼は、何か入った器を手にすぐに戻ってきた。 そして、まだほとんど信用しきれず少しでも触れられるとガタガタ震え出す僕の上体を、ごめんねと悲しそうに顔をしかめながら、でも仕方がないからと起こし、謎の器具で器の中の液体を掬うと、 「口を開けて。」 と言った。言われた通りにすると、その器具で口の中に温かい液体が流し込まれた。 口全体に広がる今まで感じたことのない香り。 無くなってしまうのがもったいないと思いながら、それでも体に取り込みたくて、ゆっくりと飲み込む。 飲み込むとすぐにまた差し出され、飲み込む。 器一杯分がなくなると、今度は心地よい眠気に包まれる。 そして目を開けてもまた同じ夢の中にいますようにと、目を閉じた。

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