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第35話

今日はノアに家に来いと言われたため、朝から外出の用意をしてノアの家に向かった。ちなみにアシュリーは一緒に家を出て仕事に向かった。 最近ノアは忙しいようで、昨日呼び出されるまで久しく会っていない。 ノアの部屋のベルを鳴らすと、すぐにドアが開いて玄関に通された。 「悪かったな、急に昨日呼び出して。お前に会いたいっていう奴がいてな。」 僕にお客さん?アシュリーの近辺以外に関わった覚えはないし、第一なぜノアの家に…?色々疑問に思いながら、今朝焼いてきたクッキーを差し出す。 「これ、一応差し入れのクッキー。」 「これ、アメリアさんが作った奴?」 「を、僕が真似して作った奴。まだやっぱりアメリアさんのよりは美味しくない。」 アメリアさんの家で過ごした1ヶ月と、その後時々お邪魔しに行くときによくお菓子づくりを手伝っていたが、彼女の作るお菓子にはやはりかなわない。それでもクッキーは割と近い味になった。 部屋に入ると、かすかにノアのものではない男物の香水の香りがした。 「カルロ、連れてきた。」 自分の家なのになぜかトントン、と部屋のドアをノックしてから開け、そして中に僕を通す。中にはスーツ姿の男性がいた。 明るいブラウンの髪に、紫色の瞳。彼は読んでいた本を置き、ソファーから立ち上がるとこちらにやってくる。 顔を上げ、本を置く、立ち上がる、こちらへ歩く、そして僕を見て手を差し出す、その仕草の一つ一つが非常に滑らかで美しい。まるで踊り子が舞う姿のような繊細さが全ての動きにある人だと思った。 また、きているスーツのラインがとても美しく出ている。というか、僕の好みと一致している。 顔は整っているがアシュリーやノアには劣る。それでもその仕草一つ一つはまるで女性よりも女性らしいしなやかさで、アシュリーとはまた違った美しさを放っていた。 「初めまして、カルロ・シェイクスピアといいます。」 男性にしては少し高めの声は、ただ話しているだけなのにまるで歌を歌っているかのような魅力を放っている。優しく微笑む姿はどこか儚げだった。 差し出された手を握り返すと、滑らかで柔らかい。 「初めまして、テオドール・シャーロックです。」 この人が自分に何の用だろう。今までこの人とは会ったことがない。それにアシュリーの知り合いだったらうちに来るだろうし。 「いきなりごめんなさい。今日はあなたをスカウトしにきたんです。」 スカウト?意味がわからない。なんのだろう、、、?まず、僕には並外れた容姿も愛嬌も特技もない。じっとその人の目を見て次の言葉を待つ。 すると彼は先ほど座っていたソファーの近くに行き自分のバッグから何かを取り出した。 「…これは君が作ったのですよね?」 彼が見せてきたのは、ノアに相談事に乗ってもらったお礼として渡した黒シャツだった。着てもらったところ予想以上に似合っていてびっくりしたやつ。 アシュリーの気なくなったシャツを真似して、ノアにはもう少し細身のものが合うからと勝手にアレンジして、ついでにノアのイメージに合わせて黒にして胸ポケットを付けてNの刺繍が入っている。 最近はアシュリーに甘やかされっぱなしで、よく生地などをお気に入りの手芸店に行って買っていた。 「はい。」 でもそれがなんだろう?スカウトへの繋がりがわからない。 「僕の店で働きませんか?」 一言、しっかりと言われた。え、とびっくりしていると、構わず彼は続ける。 「デザインもいいし、彼に合わせてアレンジされている。縫い目もとても丁寧だ。 こんなに良い仕事が出来るなら、たまにでいいから僕の店を手伝って欲しいと思ってきました。お給料ははずみますよ。結構人気なんです。うち。」 そこまで言われて、僕はびっくりしたのと、アシュリー以外の人からあまり褒められたことがなかったから慣れずに固まってしまった。それを、何固まってるんだとノアが笑う。 「あそこの商店街のスーツの仕立て屋があるだろ。この人はそこのオーナー。」 知っているも何も、実はそのお店には行ってみたいと思っていた。 もちろん僕なんかが入るには敷居が高いので入ったことはないけれど、そのお店から出てくる人はいつも自信に溢れて見えた。おそらくその人の体型をより美しく魅せるスーツを纏っているからだ。 だから、最近買い出しに行くようになってからは、そこから客が嬉しそうに出てくる姿をみたときはなぜか幸福を感じている。 「ずっと1人で作ってきたのですが、最近常連様が増えてきましてね。手伝っていただける方を探していたんです。 ノアさんの着ているシャツを見て、美的感覚がこのシャツを作った方とはとても合う気がしたので、無理を言って押しかけてしまいました。」

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