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第37話

「ねえ、アシュリー?」 仕事から遅くに帰ってきて、2人には狭いベッドで横に寝ている彼に呼びかける。 「んー?どうした?」 眠たげにムニャムニャと微笑む彼は、あの完璧な顔の造形美からは考えられないほど愛らしい。それでももちろん美しい。 月明かりに照らされて煌めくピアスに、白い陶器のような首から顎にかけてのラインがよく生える。でも1番好きなのは、今は眠たげに揺らいでいる空色の瞳。 あの日初めて2人で寝てからは、よく一緒に眠るようになった。どちらからともなく自然に互いを求め合った後の心地よい疲れが、彼の腕の中で癒えていく。 綺麗な顔とその優しさに、ふとした拍子に鼓動が高鳴って顔を背けてしまうことはたくさんあるが、ずっと近くにいてくれる安心感が常にある。 彼と一緒にいると、その相反する感情のどちらかがいきなり暴走しだしたりして、いつも混乱する。求め合う時以外は澄ました顔をしている彼も、そんなふうに心の中はぐちゃぐちゃなのだろうか。 そうだといいな。 「今日、実は商店街のスーツの仕立て屋で働いてみないかって言われたんだ。 僕はアシュリーみたいに頭は良くないけれど、裁縫は好きだからもしそれを仕事にできるなら嬉しい。」 そっか、とアシュリーは愛おしそうに目を細める。 「テオがやりたいことを見つけたなら、それは応援したいな。でも、いきなり大変じゃない?」 仕事をしたい、というとお小遣い足りなかった?などと心配そうに聞いてきたのに、やりたいことが仕事なら応援してくれるのか。 そういう、僕のことを1番に考えてくれる優しさも好きだ。 「アシュリーがいない日に、最初は無理のない程度でいいって言われた。勝手がわからないところは全部教えてくれるって。 オーナーがノアの知り合いなんだって。」 ノアの…?とアシュリーが驚いたように大きく目を開く。 「珍しいね。ノアが知り合いに家族側を紹介するなんて。」 「僕もそう思ってちょっとびっくりした。」 同じだね、と2人で微笑む。アシュリーと出会ってから少しずつ色々な顔ができるようになったけど、色々あって付き合い始めてからは自分でも驚くほど表情が柔らかくなったと思う。 与えられるだけじゃなくて、彼に幸せを与えることができているのだと思っているからかもしれない。幸せは不思議と、与えられるより与えるほうがずっと嬉しい。 「明日、ノアに伝えておくね。」 アシュリーはそういうと、僕の身体を抱きしめ、頭を優しく撫でてきた。 「テオは細かい作業も丁寧でセンスもいいから、きっとその仕事は合ってると思うよ。 俺もテオが作ってくれた服は、本当に気に入ってるんだ。」 カルロさんとおなじことをアシュリーに言われて、カルロさんに言われるよりずっと嬉しい。あれはお世辞ではなく本当のことだと、自惚れてもいいのだろうか。 アシュリーが僕の服を着ていると、とてもくすぐったい気持ちになる。自分が彼に着て欲しいデザインを渡しているから、それを着てもらえることは本当に幸せだと思う。 感謝や好きという気持ちが一気に溢れてきて彼に抱きつく力を強くすると、彼もそれに答えるようにぎゅっと抱きしめ返してくる。 好きをもっと大きなものにすると、どんな表現になるんだろう。自分の語彙では表せないくらいに愛おしい。 「キスして欲しい。」 「テオからしてよ。」 「アシュリーみたいに上手にできない。」 「どんなキスが上手かはわからないけど、俺もテオが初めてだからそんなに上手じゃないと思うよ。」 意外な告白に戸惑う。彼のキスは自然で、そして心地よい。情熱的なキスは、脳内をとろけさせるほど熱く、官能的だ。だから、絶対に慣れていると思っていた。 「テオ以外に恋愛感情を抱いたことはないって言ったでしょ? 」 「そういえば言ってた…気がしないでもない。けど、僕しかアシュリーと付き合ったことがないっていうのは、世界中の人間を敵に回してる気がする。」 こんなに素敵な人をみんなが放っておくわけがないと思う。だからきっと告白されては振ってきたのだろう。それで僕のことは好きになってくれたなんて、絶対におかしい。 「俺もテオがこんなに可愛いから、世界中を敵に回してるかもね。」 俺の負けだよ、とそっと重ねられた唇は、2人の間で少しの熱を帯びる。しばらくそうしてからそれが離れると、わずかに名残惜しさが残った。 「おやすみ」 「うん、おやすみ」 仕事を始めてもっと素敵なものを作れるようになったら、この人にもっと似合う服を作ろうと、そう思いながら目を閉じた。

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