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第40話

「おはよう」 「テオ、早いね。」 「アシュリーこそ。」 18歳になってから、避けられてるんじゃないかというくらいアシュリーはほとんど病院の方にいて、夜なんて一回も一緒に眠れなかった。 最近そんなことが続いていて体は大丈夫かと聞くと、彼曰く立て込んでいて病院で寝ていたらしい。 だから今日は一日中休みだと聞いて昨日の夜は一睡も出来ず、本当はアシュリーが2時を回った頃に帰宅した音も聞こえていた。 もしかしたら本当に避けられてたのではとぐるぐると考えながら、それならもういっそ家事を終えてしまえと思い、朝から掃除や朝食の準備、洗濯などを終わらせた。 「今日はテオと過ごせると思うと、嬉しくて。」 あんなに遅く帰ってきたのに、早く起きてそんなことを言うなんて反則だ。 「今日はアシュリーの好きなクルミとレーズンのパンを焼いた。」 今の声、いつもより冷たく響いたよな。最近仕事で忙しかった上に久しぶりに一緒に居られる日なのに、こんな対応最悪だ、と思う。 「嬉しい。家事も大体済ませてくれたんだね。ありがとう。」 相変わらず優しい声でいつもと同じ調子で返してくれる。こんなに優しい彼に少しでも冷たくしたのなら、ちゃんと謝らなきゃいけない。 「さっきの言葉は冷たかった。ごめん。」 少し間をおいて謝ると、今度は優しく頭を撫でられる。そんな風に優しく扱われると、自分が宝物になったような気さえするから不思議だ。 「大丈夫だよ。ご飯食べながら理由を教えてくれる?」 …どうしよう。素直に言うべきなのだろうか。いやでも、こんなことで悩んでるなんて言ったらただやりたいやりたいと言っているようなものだし…。 「何もない。ちょっと仕事で疲れてただけ。 」 適当にごまかして乗り切ろう。と朝食を並べながら答える。特に不自然な言い訳じゃない。それなのに、アシュリーはじっとこっちを見た後、憂うように瞳を揺らがせた。 「テオ、隠し事は悲しいな。」 後ろから抱きしめられると、静かに返答を求められる。なぜ、彼にはわかってしまうのだろう。怒らないけれど、悲しそうな声。 隠し事をしてもばれてしまうし、傷つけてしまうだけなのに、なぜ自分の小さな恥じらいのためだけに、彼のことを傷つけるなんて、最低だと思った。 「ごめんなさい、ちゃんと話します。」 「うん。」 後ろからの手が解け、テーブルにつく。いつもの調子にもどったように振る舞う彼は、そう振る舞っているつもりでも悲しそうにしているのがわかる。 『いただきます。』 声を揃えて食べ始めると、アシュリーはやはり最初にパンに手を伸ばした。久しぶりに見る彼がものを食べる姿は、やはりこの上なく美しい。 「美味しいよ。 …それで、どうしたの?」 なんと説明しようか、いざ口に出そうとすると難しい。小さな咀嚼音だけが響く沈黙を経ても、やはりうまい答えは思いつかなかった。 「もう、18になったよ。アシュリーと約束した年。」 そう言うと、今度は彼の方がなんて返したらいいのかと考え始めた。 お互いそんなに想いを口にするのが上手ではないから、僕たちがお互いの気持ちを伝えるのには時間がかかる。 そうわかっているから、お互いに急かさずに相手の言葉をじっと待つ。 僕とは違って愛想も良く会話も上手なアシュリーが気持ちを伝える時だけは意外と口下手なのは、初めて本音を言い合ったときに学んだ。 「左手を出して。」 沈黙が長く続いた後初めて言われた言葉に、意味がわからなくて戸惑う。 指示に従ってテーブル越しに左手を差し出すと、アシュリーの右手が優しくそれをつかんだ。 ただの左手なのに、それを本当に愛おしそうに見る姿にドキッとする。 答えをごまかす気だろうか?それをされたら少し悲しい。 そんなことを考えながら僕の手を見て伏し目がちになっているアシュリーの美しさに見とれていると、ふと、指に冷たく固いものが当たった。 自分の手に目をやると、薬指に何か光っている。それはよく見ると耳元のピアスと同じ水色の宝石のついた指輪で。 「これは…?」 なぜいきなりなんのイベントもないのにプレゼントをもらうのか、よくわからない。 遅めのクリスマスプレゼント…ではないか。去年のクリスマスには30色以上の刺繍糸のセットとクリスマスカードをもらった。

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