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第10話 ~了~
箱根は俺から視線を逸らしたまま、お手製のプレゼン資料を机の上に伏せて置く。
「面と向かって『愛してる』って言うのは、照れるに決まってんだろぉが……ッ!」
「……なんだ、それ」
いつも『セックス』だの『交際したい』だの言っているくせに、今さら『愛している』の一言でなにを照れてるんだ。……と、そう言ってやりたい。
──が、俺は箱根に背を向けた。
「もう終わったし、帰るぞ」
茶化してやりたいのは山々だが、今はできそうにない。
──理由は……原因不明の、頬の発熱を悟られたくないからだ。
俺は箱根に顔を見られる前に教室から出てしまおうと思い、鞄を手に取る。
「ハァ? ちょ、オイ待てよ登坂!」
「なんだよ、サッサと支度しろって」
「破けた紙の処理くらいさせろってのッ!」
悪態を吐きながらも、テキパキと帰り支度を進める箱根の気配を感じて、少しずつ頬の熱が治まっていく。
箱根も落ち着いたのか、帰り支度を済ませて俺の隣に立っている。その顔は、もう赤くはなかった。
二人並んで教室から廊下に出ると、箱根が俺に声をかけてくる。
「登坂、登坂。……どれかひとつでも、胸か股間にギュンときたか?」
さっきまで照れて真っ赤になっていたくせに、今ではもういつもの調子だ。俺は隣を歩く箱根を見ないでピシャリと答える。
「馬鹿か。あんなので心が動くわけないだろ」
「なんだとッ! ああぁ、オレの貴重な休みがぁ……ッ」
大袈裟なほどに肩を落とす箱根は、見ていて面白い。
──だからこそきっと、この馬鹿は知らないんだろうな。
──そして、思ってもいないんだろう。
「──なら、努力賞として手でも繋いで帰ってやろうか」
俺が手を差し伸べながら提案した内容に、箱根は慌てふためく。
「な……ッ! え、のぼ……ッ、登坂ッ! そ、それってどういう──」
「はい、時間切れ」
「努力賞あげるつもりねぇだろッ!」
コロコロと表情を変える箱根を見ていると、思わず俺は破顔してしまう。
「ははっ。残念だったな、ヘタレ」
「な……ッ! 登坂ッ、そ……その表情! メチャクチャカワイイぞ! 具体的にどれだけ可愛いかって言うと、交際を前提に性交してぇくらいだッ!」
「廊下で変なこと叫ぶなよ」
隣で興奮気味になって叫んでいる友人を見て、俺はぼんやりと考える。
きっと、この馬鹿は知らないのだ。
──俺がもう結構、お前のことを『いいな』って、思っていることを。
──俺のことで必死になっているお前に、俺は惹かれているんだって。
……だけどまだ、言うつもりはない。
「まぁぶっちゃけ? あんな資料をわざわざ用意しなくたって、登坂をイチコロにできる奴はオレしかいないっつぅのは分かりきってるけどなッ!」
「ほら。サッサと歩けよ、馬鹿」
「ムシかよッ! クッソー! 明日こそ性交してやるからな! ケツ洗って待ってろよ!」
「本当に……馬鹿って言うか最低だよな、お前は」
性交をする気はまだないから、とりあえず……。
──『性交を前提に交際してください』って言えたら、箱根の望む返事をしてやるのに。
──けど、それに気付いていない箱根を好きな俺も……大概、馬鹿なんだろうな?
外靴に履き替えた後も隣で喚いている箱根を、適当にあしらいながら。
俺たちは生徒玄関から校門に続くアスファルトを、並んで歩いた。
【5/100】 了
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